教育とAI、NY市は生成AI「1年間禁止」へ。
スマホ・AI時代の「規制」と「リテラシー」
家庭・学校・社会でどう描くか
新学期が始まって数日経ちました。つかの間の夏休み、新学期の授業準備もして迎えた教室、先生方はいかがお過ごしでしょうか。秋学期は日々の授業に加え、行事が重なるシーズンです。新学期開始早々、息をつく暇もないという方も多いのではないでしょうか。
先日、海外から興味深いニュースが入ってきました。アメリカ・ニューヨーク市の公立学校で、中学生以下(2歳児〜8年生までの約60万人)を対象に、生成AIの学校利用が「1年間原則禁止」になったといいます。
文科省のスピード感は評価したい。けれど、現場の負担は……
そこで日本の教育現場に目を向けると、文部科学省の取り組みには非常に迅速なものがありました。GIGAスクール構想による1人1台端末の整備や、生成AIに関するガイドラインのいち早い提示など、国が主導して道筋を示そうとした姿勢は、是々非々で見て評価されるべきだと感じます。これまでの行政のスピード感を考えると、画期的。新型コロナの影響もあり、デジタル化の一歩(デバイスの配備)は最速で行えたのではないでしょうか。
ただ、日々、子どもたちと向き合う先生方からは、「必要性や方針はわかるけれど、運用の細かい線引きやトラブル対応がすべて学校に委ねられている」という戸惑いの声も聞こえてきます。私は教育DXを促進するために、現場の声を理解したいので学校の先生や教育関係者と多くの会話をしますが、このような声は非常に多いと感じています。
一人の親として感じる「制限」の切実さ
私ごとですが、教育DXを進める一人のビジネスマンである傍らで、3人の子を持つ父親でもあります。
一番上の長男は現在中学3年生で受験勉強の真っただ中です。
彼が中学校入学と同時に子供用にスマホを契約しました。部活動の連絡や、昨今の不審者対策などの安全面を考えると、男の子とはいえ、スマートフォンを持たせないという選択肢は現実的ではありませんでした。
ご近所さんの親としての先輩たちからも話を伺って、多くの保護者と同じように、アプリの利用制限や時間制限を設けて試行錯誤しています。
というのも、万が一子どもがデジタルツールで大きなトラブルを起こしてしまった場合、それは子ども一人の問題にとどまらず、家庭全体に重くのしかかってくるからです。
学校で使われているデジタルツールで、複数人を巻き込んで(アカウント招待で勝手に共有)同級生の悪口を書く事案があったと耳にしていて、子が当事者ではない事、巻き込まれてもない事に安心しましたが、いつ巻き込まれるかもわからないため親としては不安はつきまとっています。(学校が適切な対応をして無事に終わったそうです。。。)
この一件を受けても、先生はトラブル対応に駆り出されています。
状況を正確に把握するための、傷ついた側の子どもへの慎重な事情聴取
背景や意図も含めた、当事者生徒からの冷静な事実関係の確認
勝手に巻き込まれてしまった周囲の生徒たちへの丁寧なヒアリングとケア
事態の早期収束と生活面でのサポートに向けた、双方のご家庭との密な情報共有
同様のトラブルを二度と起こさせないための、学年全体を通じた意識付けと指導
このような事案があるごとに学校では対応をしています。学校で起きていないプライベート時間の生徒達のやり取りも含めて、対応せざるを得ない事案も多々あると聞きます。学校での情報モラル教育や家庭でのルール作りはもちろん不可欠です。
しかし、どれだけ学校や家庭で「リテラシーを教える」ことに骨を折っても、子どもたちを取り巻くデジタル環境そのものに抜け道があれば、家庭や学校の教育だけで防ぎきれるものには限界があると感じています。
発信の自由と「インセンティブ構造」の歪み
そこで考えたいテーマが「ツール・サービスの正しい使い方」です。
SNSや動画プラットフォームを通じて子どもたちが自ら発信すること自体は、自己表現や学びの観点からも決して悪いことではありません。海外の先進事例にあるように、AIやデジタルツールは活用の仕方次第で思考を広げる事ができる素晴らしいツールになり得ます。
しかし、現代のプラットフォームの多くは「再生回数」や「インプレッション数」が高くなればなるほど収益が得られるシステムになっています。過激なワードを使ったり、人の失敗や他人の不幸を晒し上げたりして注目を集めればお金になる仕組みが、未成年のすぐ手に届く場所にある現状は、果たして健全と言えるのでしょうか。
子どもを守り、大人が巻き添えを食う事態を防ぐためにも、通信事業者やアプリ開発者には、未成年の投稿に対して収益が発生しないシステムを構築するなど、社会的責任を果たしたサービス設計が求められているように思います。身体に悪影響がある「酒・たばこ」は法によって規制されています。それと同様に考える事が必要になってきていると感じているのは私だけでしょうか。
世界を見渡せば、欧米を中心にプラットフォーム事業者への規制強化が進んでいます。YouTubeやX、Instagramなど海外発のサービスが主流の日本において、安全な制限や仕組みが導入されていないサービスについては、政府がより踏み込んだルール作りを検討してもよい時期に来ているのかもしれません。

「禁止」か「活用」かの二者択一を超えて
ここでニュースの内容に戻りますが、ニューヨーク市の事例が示唆しているのは、単なるデジタル排除ではありません。思考の土台を作る小中学校期にはアナログな学びや実体験を重視し、思考が成熟してくる高校・大学以降で倫理観を含めた高度な活用へと移行させるという「発達段階に応じたメリハリ」です。
AIに任せきりにせず、自分の頭でウンウンと悩み、ノートに書いては消すという従来のアナログな試行錯誤。それこそが、これからの時代に必要な「思考の基礎体力」になるのかもしれません。

学校と家庭だけで子どもたちを守り育てるのには限界があります。社会全体、そしてテクノロジーを提供する企業や国がどのようなガードレールを敷くべきなのか。
現場で子どもたちと向き合う先生方は、このデジタルツールやAIとの距離感について、いまどのような手ごたえや課題を感じていらっしゃいますでしょうか。
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萩原 達也(はぎわら たつや)
プロ野球審判員という極めて異色のキャリアから、教育業界最大手Benesse(ベネッセ)ホールディングスグループ企業へ。
厳格なジャッジが求められる現場から、日本の教育を牽引する巨大組織での実務へと身を転じた経験から、教育業界における広範な知見と深い洞察を培う。現在はIT企業に籍を置き、テクノロジーを軸とした教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に従事。
現場で磨いた独自の視点と、Benesseで得た教育の真髄、そしてITによる変革力を掛け合わせ、固定観念にとらわれない「教育界のアップデート」を提言する。
