教師の成長を支えるスキル論
第10回【理論】
秘密保持は「抱えこむこと」ではない
~教職員の健康情報と生徒相談を、組織でどう扱うか(前編)~
私は長い間、4つの勤務校で教育相談係を担当し、県高等学校教育相談研究会の事務局長を務め、学校警察連絡協議会の事務局長を務めていた時期もありました。個人的には精神科医、カウンセラー、弁護士とのつながりもあったので、困ったときには、あちこちに電話をして助けてもらいました。当然、それらの情報を校長先生に伝え、最終的には教育委員会との連絡をしている校長の判断に従うことが大事です。
一方で、学校外のネットワークはあまり知られていない気がします。その詳細は後編で述べますが、参考にしていただけると有り難いです。
〈1 教師の個人情報保護と組織的活動の矛盾への対処方法〉[前編]
〈2 生徒相談の秘密保持と情報共有~公務員の守秘義務で充分〉[前編]
〈3 生徒が事件に巻き込まれた時に使える社会的リソース〉[後編で述べます]
〈4 校長先生からの依頼で上手く解決できた事例〉[後編で述べます]
〈1 教師の個人情報保護と組織的活動の矛盾への対処方法〉
1 教師のメンタルケアの問題への組織的対応
学校現場では、生徒の安全や不祥事対応については一定のマニュアルが存在します。しかし、「教職員自身の健康問題、とくに精神疾患やメンタル不調に関する情報の扱い」については、現場では混乱しがちです。その結果、現場では次のような混乱がしばしば起きます。
・「ほんとに病気なのか?」という噂話が広がる。時には生徒にまで広がる。
・主任が勝手に業務を軽減してしまう(周囲から不公平だと不満が出る)
・校長が状況を正確に把握していない。
・本人が病気を隠したまま無理をして悪化する。
・病名が漏れて管理職が守秘義務違反に問われる。
これらの原因は以下であると言えます。
・健康情報が「要配慮個人情報」であることが理解されていない。
・「業務配慮の判断構造を知らないこと」などが原因です。
詳しいことは教育委員会からの通知や「個人情報保護委員会」の資料を参照してください。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/ryuuijikou_health_condition_info/?utm_source=chatgpt.com
2. 健康情報は「要配慮個人情報」である
「教職員の健康情報」は、個人情報保護法上もっとも厳しいカテゴリに属する「要配慮個人情報」に指定されています。要配慮個人情報には次が含まれます。病名、診断内容、通院状況、投薬内容、精神疾患の有無、障害の有無。これらは、「本人の同意や法令上の根拠なく不必要に収集したり、業務上知る必要のない人に広げてはいけない」ことになっています。
従って、主任や管理職は次のような言葉を絶対に口にしてはならないことになります。「うつ病らしい」「通院しているみたい」「メンタルが不安定で」「薬を飲んでいるらしい」「医者から休めと言われている」。つい、言ってしまいがちですが、これらはすべてアウトです。
3. 主任・管理職が言ってよい“唯一の言葉”
では、担任等からの不平不満に主任や管理職はどう応えればよいか。お勧めは以下です。
「健康上の理由で業務調整しています。必要な確認は校長がしています」。

この一文は、守秘義務、個人情報保護法、労務管理、組織の心理的安全性、本人の尊厳、噂の抑制、のすべてを満たす“黄金フレーズ”とも言えます。
この一文以外は
「言わない」
「言ってはいけない」
「言う必要もない」
と覚えておいて欲しいものです。。
4. 校長は「通院しているかどうか」を確認できる(ただし本人からのみ)
とはいえ、本人の状況は学校としては正しく把握する必要があります。ここは校長の仕事です。校長は、安全配慮と業務調整に必要な範囲で、本人から状況を確認する立場にあります。
通院の有無/診断書の有無/医師の指示/できる業務/できない業務/希望する配慮 。
これは 〈労働安全衛生法に基づく「健康配慮義務」〉に含まれます。
要するに、「校長は本人から健康情報を確認する権限と義務を持つ」ということです。
但し、以下は本人の同意なしに行うべきではありません。
・医療機関に直接問い合わせる。(本人の了解を得ていればOK)
・家族に勝手に確認する。(これも本人の了解を得ていればOK)
・同僚に「通院しているか?」と探る。
・主治医に直接連絡する。(これも本人の了解を得ていればOK)
要するに、校長が確認できるのは、基本的には「本人からの情報のみ」ということです。
5. 診断書は「業務配慮の基準」になる
診断書は、「できる業務・できない業務・配慮すべき点」を校長が判断するための公式資料です。従って、校長は診断書の提出を「依頼」できます。強制ではないのですが、実務上は「依頼」すれば、ほぼ提出されているようです。
尚、診断書は、主任等が勝手に判断するためのものではなく、「校長が業務配慮を決定するための基準」ですから、主任は、校長の判断に基づいて業務を調整することになります。私も生徒指導部主任や学年主任の時には校長の指示に基づき調整をしていました。
6. 病気を隠したまま業務を求める教員
私も主任の立場で以下のような依頼を受けたことがあります。
・うつ病等の診断が出ていて校内の業務軽減をして欲しい。
・しかし、病気であることは公表したくない。
このようなケースは他の学校の教員からも複数回相談を受けました。全国で起きていることなのだろうと推察します。ご本人は「言わないでほしい」と強く希望するのですが、これを主任の立場で引き受けると、後で責任問題になりかねません。以下のように対応することをお勧めします。
・本人の尊厳を守りつつ、校長につなげる。
・校長が必要最小限の情報を確認する。
・診断書に基づき、校長の指示を受けて主任として業務を調整する。
・他の教員には「健康上の理由で業務調整しています」とだけ説明する。
これを「まあ、色々あってね」とごまかすと、内部の不満が高まり、主任への不信が広がりかねません。主任クラスでは、これらに関する研修を受けることもほとんどないので、気を付けて欲しいものです。私はこれらのことを、偶々、プロのカウンセラーや弁護士さんたちから教えてもらっていました。今、考えるとラッキーでした。
7. 主任がやるべきこと/やってはいけないこと
⑴主任がやるべきこと
①本人を校長につなぐ。
②本人の尊厳を守る。
③校長の判断に基づいて業務を調整する。
④噂話を止めるための黄金フレーズを使う。
⑵主任が絶対にやってはいけないこと
➀病名を言う。
②通院状況を言う。
③診断内容を言う。
④勝手に業務を軽減する。
⑤噂話に乗る。
⑥健康情報を文書で広く共有する。
8. 校長がやるべきこと/やってはいけないこと
⑴校長がやるべきこと
➀本人から直接状況を聞く
➁ 診断書の提出を依頼する
➂主治医・産業医の意見を本人経由で確認する
➃業務配慮を決定する
➄主任に調整を指示する
➅他教員への説明は「健康上の理由」で統一する
⑵校長が絶対にやってはいけないこと
➀医療機関に直接問い合わせる
➁家族に勝手に確認する
➂同僚に探りを入れる
➃病名を他教員に伝える
➄診断書提出を強制する
➅「頑張ればできるよ」と励ます
〈2 生徒相談の秘密保持と情報共有~公務員の守秘義務で充分
⑴どの学校でも起きていた問題
先生たちの精神疾患等は上記の通りに、「秘密保持」を丁寧に行う必要があります。しかし、生徒の場合には事情が異なります。私が生徒指導部主任を降りて、「教育相談係」になった時代には、前例がありませんでした。そこで、何となくカウンセラーの皆さんがやっているのを見習って、「秘密保持」をしました。
しかし、すぐに担任から不安やクレームが出てきました。
「自分のクラスの生徒が相談室に行っているのなら、知らせて欲しい」
「相談室に通っている生徒がいるのかいないのが、わからないのは不安だ」
「担任が知らないと、うっかり傷つけてしまうことがあるかもしれない」
「保護者にも秘密でよいのだろうか?その連絡は誰がするべきなのか?」
私自身も担任をしていましたから、この皆さんの不安は納得。特に担任が「自分のクラスの生徒が、相談係(=小林)に操作されるのは嫌だ、という気持ちもあるのが良くわかりました。他校の相談係の先生たちに相談してみると、どこでも同じような問題が起きていました。中には相談係と担任がかなり反目・対立しているところもありました。
ある相談係の先生は、他の担任の皆さんに対して、かなり高圧的でした。
「カウンセリングの勉強をしていない人たちにはわからないよ。
そういう担任が頼りにならないから、相談係が頑張っているんだよ。
小林さん、気にすることはないよ。生徒が頼れるのは相談係なんだから」
まあ、一理あるけど、相談係と担任が対立するのは避けたいなあ~と、4月5月は悩み続けていました。
⑵ある担任との話がヒントになった(登場人物はいずれも仮名)
そんなころに、放課後、1年生の男子生徒=清が鼻血を出して来室。
「先生、生徒写真をみせてくれよ」
「なんで?」
「2年か3年の奴にいきなり殴られた。慰謝料請求してやる」
「あの顔写真は見せられないし、担任の先生に相談したほうがいいよ」
「やだよ。担任の山本先生に相談したって、どうせ『お前が悪い』っていうだけだよ。アイツ俺のこと嫌っているからな」
「そんなことないんじゃない?」
「いいや、絶対、俺のことを嫌っているよ」‥と水掛け論。
「続きは明日ね」と帰しました。
すぐに職員室に行って、山本先生に報告。
「生徒が迷惑かけてごめん」
「いやいや。私としては清から山本先生のところに行かせたいんだよね。明日、また呼んで話すから、それまで知らないふりしてくれる?」
「わかりました。すみませんね~」
翌日、清と相談‥というより説得です。「山本先生のところに行くよ」と言ってくれました。清が退室するとすぐに山本先生のケータイに電話。「これから行きます。よろしく」
30分くらいで清が戻ってきました。
「どうだった?」
「生徒指導部で調べてくれるってさ」
「よかったじゃん」
「まあね」
「山本先生はどんな雰囲気だった?」
「案外、優しかったよ。また叱られるんじゃないかなと思ったんだけどね」
「よかったじゃん」
「うん、頼りになりそうだよ。行ってよかった。アイツ、いい先生かも」
「そうだと思うよ。ここにくるより、うまく行くと思うよ」
「うん、担任を見直したよ。意外に頼りになりそう。小林先生、ありがとね」
これがヒントになりました。相談係が生徒の担任への信頼を奪ってはいけない。相談係の基本方針として「担任に戻す」を入れることにしました。後に「家庭に返す」も入れました。相談係が生徒を「担任や家庭から奪ってはいけない」と気がつきました。
⑶「相談は受ける」けど、「担任から引き離さない」
これらの経験を基に、管理職・生徒指導部・保健室とも相談して、「相談室に来室した生徒は職員会議で知らせる」ことにしました。月2回程度、職員会議で「部外秘(事後に回収)」の資料を配布します。
内容は相談室に来室した生徒のクラス・氏名・相談概要・その後等の一覧です。その場で質問があれば答えますし、その後の個別質問にも対応します。但し、「生徒や保護者、或いは部外者には口外不可」を徹底しました。この時、校長に「公務員の守秘義務です。違反すれば厳罰になります。退職後も秘密保持の義務は続きます。注意してください」と言ってもらいました。
これは大成功でした。「本校の相談係は秘密にしない」、「質問すればクラスの生徒のことを教えてくれる」という安心感です。これはその後に転勤したどの学校でも同じようにしました。おかげで、相談係と担任・生徒指導部との対立はひとつもありませんでした。
ただ、今になって振り返ると、教育相談が広がりつつある時期の成功例の1つです。現在の法令、教育委員会や学校法人の規程を確認した上で、自校に適した情報共有の仕組みを検討してください。
尚、秘密保持については私立学校では別の法律に基づいて決めてあります。ご確認の上、活用してください。(終了)
小林昭文(こばやし あきふみ)
埼玉大学理工学部物理学科卒業。空手のプロとして修行したのち、埼玉県公立高校理科(教諭)として25年間勤務。
定年退職後、産業能率大学経営学部教授(クリティカルシンキング、アクションラーニング(質問会議)等の授業を担当)。
現在は㈱AL&AL研究所代表。
著書「アクティブラーニング入門(小林昭文著/産業能率大学出版部)」他多数。
NHKの教育番組にゲストとして出演経験を持ち、さまざまな学校への指導助言を行う教育界の泰斗の一人
