【部活動地域展開】
『部活動改革実践セミナー』
『イマチャレコンベンション2026 SUMMER』
理念の踊り場を越えて、「実務」のフェーズへ
令和8~13年度を「改革実行期間」とし休日の地域展開を進める中、部活動改革は大きなうねりとなっています。部活動を地域全体で支え、新たな価値を協働して生み出す「地域展開」のビジョンには、多くの関係者が賛同しているはずです。
しかし、理念がどれほど美しくとも、それを現実に着地させるためには、生々しい「実務」と向き合わねばなりません。
先週末の7月31日、私は新宿で開催された『部活動改革実践セミナー』&『イマチャレコンベンション2026 SUMMER』に参加しました。約140名の実践者が集う中、午前中の同時開催セミナーでは、弁護士の山本翔氏が「地域展開におけるリスクマネジメント」をテーマに登壇。
現場で発生し得る深刻な法的リスクが、具体的な事例とともに克明に語られました。
私自身、3年前からある地域の部活動指導員」としての業務委託契約を締結し、指導の当事者として現場に立っています。山本先生のセミナーに参加して、法的なリスクを考えると、指導員として現場に立つことへの怖さを覚えたのは事実としてあります。
実際に契約書に署名している経験、山本先生のセミナーを通じてリスクの学んだことで確信したことがあります。これからの地域展開の成否を分けるのは、理念の美しさではありません。現場に潜む法的リスクにいかに向き合うかという、ガバナンス構築と実務のリアリティなのです。
今回は、「当事者指導者」としての視点から、部活動地域展開における「契約」と「リスク管理」の実務最前線に切り込みます。
本文1:指導員契約のリアル――「ボランティアの延長」を脱し、対等なビジネス関係に
「地域のおじさんがボランティアで子どもの面倒を見てくれる」――そんな空気は地域展開において通用しません。私が手にした契約書は、厳格な「ビジネスとしての取引関係」を証明するものだったからです。私は雇用契約ではなく「業務委託基本契約」を結びました。この形態が指導員の立ち位置を一変させます。
1. 徹底した活動制限とガバナンス
仕様書には、指導員と子ども双方の安全確保の観点から、厳格な活動制限ルールが敷かれています。
活動日: 原則、土日のいずれか1日(月4回程度、年間48回上限)。
活動時間: 練習時間は1日3時間まで。
重複不可: 同日の午前・午後複数回活動や、大会と練習の同日併施は不可。
この背景には、従来の部活動で蔓延していた、活動のブラックボックス化や生徒への過度な負荷に対する反省があります。審判員として「ルールは秩序と安全を守る生命線」であると痛感してきた私から見れば、こうした制限こそが、現場の私物化やオーバーワークを防ぐ最大の盾になります。
2. 「対価」と「責任」の生々しいリアル
報酬は、練習日給●●円、大会は日給●●円(交通費込み)です。これが明確な受託報酬として支払われる点が極めて重要で 対価が発生することは、指導者にプロとしての「安全配慮義務」が発生することを意味します。
「ボランティアだから不手際は大目に見てほしい」という甘えは一切通用しません。
3. 「こども性暴力防止法」への厳格な対応
また、契約にあたって特定性犯罪事実該当者でないことを表明・保証する「誓約書」の提出と犯罪事実確認への協力義務が課されます。これに違反し経歴詐称があった場合、あるいは確認を正当な理由なく拒否した場合は、催告なしで直ちに契約解除となることが明記されています。
ここまで厳格な仕組みがあって初めて、保護者は地域クラブに子どもを安心して預けられます。ただし、これはガバナンス確保に向けた第一歩でしかありません。
本文2:リスクマネジメントという最大の課題――事故・ハラスメントにおける「個人責任」の衝撃
セミナーの中で、弁護士の山本翔氏が突きつけた法的責任の帰属は、我々指導員にとって極めて冷徹な現実でした。 部活動の運営体制が「学校主体型(学校部活動)」か「外部団体型(地域クラブ活動)」かによって、事故が起きた際の法的責任の主体が180度異なるのです。
1. 「公務員身分」というシールドの喪失
公立学校の教員や部活動指導員(公務員身分を持つ場合)であれば、部活動中の事故で生徒が死傷した際、国家賠償法に基づき地方自治体が損害賠償責任を負い、個人が直接責任を負うことはありません。 しかし、業務委託で指導を行う「外部団体型」の場合、そのシールドは完全に失われます。民法第709条に基づき、過失がある指導者個人が、被害者(生徒・保護者)に対して直接、損害賠償責任を負うのです。さらに、所属団体も民法第715条に基づき、連帯して賠償責任を負います。
2. 過去の判例が示す「数億円」の賠償現実
過去の裁判例は、教育活動における注意義務違反に対して極めて厳しい判断を下しています。
落雷事故(最高裁平成18年3月13日判決): サッカー試合中、落雷を予見可能であったのに活動を継続し生徒が負傷。注意義務違反により約3億円の損害賠償が命じられました。
プール飛び込み事故(最高裁昭和62年2月6日判決): 未熟な生徒に危険な飛び込み指導を行い、頭部激突で障害を負わせた事案。注意義務違反により約1億3000万円の賠償が認められました。
これらは学校の事例ですが、外部団体型の地域クラブで事故が発生すれば、巨額の賠償責任は運営団体、そして他ならぬ「指導者個人」へ直接向くことになります。

3. 保険制度の「空白」と「免責」の罠
学校主体型であれば日本スポーツ振興センターの災害共済給付制度が適用され、医療費や障害見舞金(最高4000万円)が支給されます。 しかし、地域クラブ(外部団体型)は災害共済給付の適用外です。そのため、独自に「傷害保険」や「賠償責任保険」への加入が必須となります。
ここで、指導員が陥りがちな「罠」が二つあります。
「個人賠償責任特約」は使えない: 個人賠償特約は日常生活が対象です。指導活動は業務や社会活動とみなされ、日常生活の範囲外として保険金は支払われません。そのため、団体として「スポーツ安全保険」等への加入が必要です。
「故意・ハラスメント」による損害は保険対象外(全額自己負担): 偶発的な過失であれば賠償責任保険が使えますが、指導者が意図して罰走を科したり、侮辱する暴言を吐いたりといった故意による不適切指導(ハラスメント)に起因する被害の場合、保険は免責となります。結果として、生じた賠償金はすべて指導者個人の全額自己負担となります。
JSPOへのハラスメント相談件数は過去最多を更新し、通報者の6割以上が保護者です。閉ざされた学校とは異なり社会の目に晒される地域クラブでは、一度の不適切指導や暴言が、自己負担の巨額賠償やキャリア失墜に直結するのです。
本文3:持続可能な地域展開に必要な視点――「個人任せ、現場の善意任せ」にしない仕組みづくり
「リスクが大きすぎて誰もやりたがらない」という懸念が生まれるのは当然です。だからこそ今後の地域展開において最も重要なのは、「指導者の個人任せ、現場の善意任せにしない組織的な仕組みづくり(システム化)」なのです。
現場が直面するリスクの多くは、「活動内容がブラックボックス化し、関係者間の情報共有がアナログで曖昧なこと」から生じています。
部活動地域展開が「ブラックボックスの展開」に!?
部活動の地域展開において私が最も危惧しているのは、単なる「ブラックボックスの移動」になってしまうことです。
「指導員の質の高さ」を前面に掲げる事業者ほど、万が一現場で不祥事や不適切指導が発生した際、ブランドイメージ失墜を恐れて問題を組織内部で収めようとする構造的なインセンティブが働きがちです。これは特定の企業に限らず、かつての教育委員会や組織の歴史において何度も繰り返されてきた課題でもあります。
現状、地域で雇用される指導員の資質や抱えるリスクの差は決して大きくありません。SV(スーパーバイザー)による現場巡回や定例研修といった対策も行われていますが、見回りだけでは密室化しやすい指導現場の「真の実態」を補足・予防するには自ずと限界があります。
質の高い指導員の確保や適切な契約形態を整えることはもちろん前提ですが、それだけでは安全性を真に担保することはできません。自治体や運営事業者とは独立した「客観的な第三者の視点」を組み込むことこそが、隠蔽を防ぎ、健全で持続可能な指導環境をつくるための不可欠なピースとなります。
「指導員の活動制限が守られているか。」
「どのような指導が行われているか。」
「子どもたちはどう感じているか。」
「指導者に悩みはないか。」
これらを「紙の報告書」のようなアナログ手法で管理しようとすれば、必ず形骸化が生まれます。「相手にバレなければいい」「熱意だから大目に見てくれる」。そんな現場の暴走を見逃しガバナンスをなあなあにしてきた結果、少年野球の世界では深刻な競技人口減少を招きました。同じ過ちを地域展開の現場で繰り返してはなりません。
今、すべての運営団体、そして推進する教育委員会や自治体に強く求められているのは、実務をスマートかつ確実に運用するための「システム」の構築です。
1. 指導記録(活動ログ)の可視化
指導員がいつ、どこで、どれだけの時間指導を行ったのか、どのような活動内容だったのかを記録(ログ)、データとして保有し、運営団体が正確に把握できる体制が不可欠です。これにより、意図しない活動時間超過や活動制限ルールの形骸化、指導員の無意識下の不適切な指導を未然に防ぐことが可能になります。
2. コミュニケーションと「安心・安全」の担保
指導現場でトラブルやいじめ、ハラスメントが顕在化していないか。地域クラブと学校との間でスムーズに情報を共有し、客観的に確認できるルートが必要です。 また、指導員自身が自らの指導風景を客観的に振り返り、指導の「ゆがみ(無意識下の不適切な指導)」に気づくための仕組みなども、デジタル技術を活用して取り入れていくことが、孤立した指導者を救い、コンプライアンスを担保することに繋がります。
まとめ:プロとしての「ガバナンス」を実装せよ
部活動改革は、単に活動の場を学校から地域へ移すお引越しではありません。私たちの社会が、子どもたちの健やかな成長をどのように支え、指導者の安全をどのように担保していくかを問い直す、極めて現代的なプロジェクトです。
ボランティア精神や教育的熱意という美名のもとに、現場に過度なリスクを押し付け、ルールを曖昧にしたまま運営する時代は終わりました。
これからの地域展開を担うすべての関係者は、プロ野球の審判のように「人」や「背景」に情を挟まず、起きた「事象」と「ルール」を厳格に照らし合わせる、冷静な判断軸を持ったガバナンスの構築とリスク管理の姿勢を持たねばなりません。
対等で責任ある契約を結ぶこと、法的リスクから指導者と生徒の双方を守る保険を完璧に整備すること、そして現場の活動内容をスマートに可視化・管理するシステムを実装するこ。これらが揃って初めて、部活動の「地域展開」はその先の“新しい価値”へと向かうことができるのではないでしょうか。
次回【部活動地域展開】のテーマでは、こうした現場のアナログ運用リスクを克服し、デジタルツールを活用してスマートにガバナンスを機能させている先進的な地域クラブの取り組みについて、具体的な導入事例をもとにその実務の裏側に迫ります。現場の先生が、そして指導員が孤独に悩まないための、具体的なヒントがそこにあるはずです。
萩原 達也(はぎわら たつや)
プロ野球審判員という極めて異色のキャリアから、教育業界最大手Benesse(ベネッセ)ホールディングスグループ企業へ。
厳格なジャッジが求められる現場から、日本の教育を牽引する巨大組織での実務へと身を転じた経験から、教育業界における広範な知見と深い洞察を培う。現在はIT企業に籍を置き、テクノロジーを軸とした教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に従事。
現場で磨いた独自の視点と、Benesseで得た教育の真髄、そしてITによる変革力を掛け合わせ、固定観念にとらわれない「教育界のアップデート」を提言する。
