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「思考力」を問う全国学力調査と大学入試改革:今、学校だからこそできる学びとは?

1. はじめに:共通テストは、なぜ難しくなったのか?

2026年の共通テストが終わり、様々な教育機関で分析やその結果を発信しています。今年の入試では「情報」や「物理」での難化傾向が話題となっています。特定の教科だけが難化しているのかというと年ごとに難化したと言われる教科・科目は異なります。ただ全体的には、学校現場の先生方とお話ししていると難化していると感じ取る事が多いです。近年、「全国学力・学習状況調査」や大学入試の問題が明らかに変わってきた、という声を頻繁に耳にします。単に知識を暗記しているだけでは歯が立たない。資料を読み解き、自分の考えを整理し、論理的に表現する力がなければ、高得点は望めない――。多くの先生方が、この変化を肌で感じていらっしゃるのではないでしょうか。

この変化は、単なる「難化」ではありません。実は、文部科学省が明確な意図をもって進める教育方針の転換、そのものがテストの姿を変えているのです。国は今、これからの社会を生きる子どもたちに、知識の量だけでなく、その知識をどう活用し、未知の課題に取り組むかという「思考力・判断力・表現力」を求めています。そして、そのメッセージを最も明確に発信しているのが、他ならぬ全国学力調査や共通テストなのです。

教育従事者として、そして一人の親として、私はこの変化が教室の中だけでなく、未来をめぐる家庭での会話にまで影響を及ぼしているのを感じます。本記事では、この大きな変化の背景にある国の政策構造を読み解き、この潮流が学校現場に何を問いかけているのかを分析します。そして、これからの時代に「学校だからこそできる学び」の価値と、その実践的なヒントを提示します。

この大きな教育の転換点は、学校現場にとって何を意味するのでしょうか。それは、新たな「負担」なのでしょうか。それとも、教育の本質に立ち返る「好機」なのでしょうか。

2. 構造分析:なぜテストは「思考力」を問うようになったのか

現場の先生方が感じるテストの変化は、偶然の産物ではありません。国の教育政策における二つの大きな潮流、すなわち「全国学力調査」と「大学入学者選抜改革」が、同じ方向を指し示している結果なのです。

2.1. 全国学力・学習状況調査が示すメッセージ

毎年実施される全国学力調査を、単なる学力測定テストと捉えていては、その本質を見誤ります。この調査の目的を深く理解することこそ、国が今、教育現場に何を優先事項として求めているのかを把握する上で、極めて戦略的に重要となります。

文部科学省が令和7年度の全国学力・学習状況調査の計画を示す資料には、調査の目的が三つの柱で記されています。それは、①教育施策の改善、②学校での指導の改善、そして③それらを通じた継続的な検証改善サイクルの確立です。つまりこの調査は、現場への一方的な指示ではなく、現場の実践をデータとして収集し、国の政策自体を改善していくための、双方向のフィードバックループの一部なのです。

その上で、学校現場へのメッセージとして、調査問題について次のように定められています。

・学習指導要領で育成を目指す、知識及び技能や思考力、判断力、表現力等を問う問題を出題。

「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善のメッセージを発信。

ここに、全ての答えがあります。国は、この全国規模の調査を通じて、単に知識の定着度を測りたいのではありません。むしろ、「これからの授業では『思考力、判断力、表現力』を育ててください」「そのために『主体的・対話的で深い学び』を実践してください」という、明確かつ強力なメッセージを全国の学校に送っているのです。

現場の先生方が「テストが思考力を問うようになった」と感じるのは、まさにこの国の意図が具現化したものに他なりません。テストの形式を変えることで、日々の授業実践そのものの変革を促す。これが、全国学力調査に込められた、国の教育戦略なのです。そしてこの方針は、義務教育段階に留まるものではありません。

2.2. 大学入学者選抜改革の目指す方向性

教育改革の流れは、小中学校から高等学校、そして大学へと、一貫したストーリーで繋がっています。その結節点である大学入学者選抜が、全国学力調査と同じ方向を向いているのは当然のことと言えるでしょう。

「大学入試のあり方に関する検討会議 提言」に目を通すと、改革の議論の核心が見えてきます。大学入学者選抜の目的は、単に学力でふるいにかけることではなく、大学が定める3つのポリシー(卒業認定・学位授与の方針、教育課程編成・実施の方針、入学者受入れの方針)に基づき、大学と入学者との「望ましいマッチング」を図ることにあるとされています。

つまり、大学側が「自学で学ぶために、どのような能力を持った学生に来てほしいか」を明確に定義することが求められ、その結果として「思考力」が、入学後の学びで成功するための重要な能力として浮かび上がってきたのです。

かつて導入が見送られた大学入学共通テストにおける「記述式問題」も、この文脈で捉える必要があります。あれは、従来のマークシート方式だけでは測ることが難しかった思考のプロセスや表現力を評価しようという、学力観の変化を象徴する動きでした。導入の是非はともかく、改革が目指した「知識偏重の評価からの脱却」という方向性そのものが消えたわけではありません。

全国学力調査が、授業改善のメッセージとして「思考力・判断力・表現力」の育成を促し、大学入学者選抜改革が、大学での学びに必要な能力として「思考力」を重視する。日本の教育システム全体が、足並みをそろえて「真の学力とは何か」という問いをアップデートしようとしているのです。この大きな潮流は、これまで良しとされてきた指導法に対して、静かな、しかし根本的な挑戦状を突きつけていると言えるでしょう。

3. 解決策:学校の「学び」こそが本質的な対策となる理由

国が主導する評価基準の転換は、これまでの指導モデルの有効性に大きな疑問を投げかけています。では、新たに求められる能力は、どこで、どのように育てればよいのでしょうか。その答えは、学校の日常的な「学び」の中にこそ存在します。

3.1. 従来の知識伝達型授業と塾・予備校の限界

これまで多くの学校や、特に塾・予備校が得意としてきたのは、体系化された知識を効率的に伝達し、問題の解法パターンを繰り返し演習させる指導法でした。このモデルは、知識の量を問うテストに対しては絶大な効果を発揮してきました。

しかし、国が今求めているのは、「主体的・対話的で深い学び」を通じて育まれる力です。この新しい教育目標に照らし合わせると、従来の知識伝達・問題演習型のモデルには構造的なミスマッチが生じます。

  • 主体性: 一方的な講義形式では、生徒が自ら問いを発見する機会は生まれにくい。例えば、歴史上の出来事の原因を教員が解説するのを聞くのと、生徒自身が複数の資料を基に最も重要な原因は何かを調査し、論証するのとでは、主体性の涵養に天と地ほどの差が生まれます。

  • 対話性: 個別の演習が中心では、他者と協働して思考を深める経験は限定的になる。例えば、数学の問題を一人で解き続けるのではなく、複数の解法をグループで持ち寄り、それぞれの利点や欠点について議論する中で、思考はより多角的になります。

  • 表現力: 正解を覚えることに最適化された学習では、自分の言葉で思考のプロセスを説明する力は育ちにくい。例えば、実験の結果をただ記録するのではなく、「なぜこの結果になったのか」という仮説を立て、論理的に記述し、発表する経験が表現力を磨きます。

これは特定の指導法への批判ではありません。ゴールが変わった以上、そこへ至る道筋も変える必要があるという構造的な課題の指摘です。実際、文部科学省が公表する学力調査の詳細な報告書は、どの都道府県においても生徒の学力に大きなばらつきがあることを箱ひげ図などで示しています。このデータ自体が、画一的な講義形式の授業では、全ての学習者のニーズに応え、国が公式に優先する深い思考力を育むことが構造的に困難であることを示唆しているのです。

もし従来の学習法だけでは不十分だとすれば、生徒たちは一体どこで、これらの新しいスキルを本当に身につけることができるのでしょうか。

3.2. 「探究」と「主体的・対話的で深い学び」の可能性

その答えこそが、学校が本来持つ最大の強みであり、今回の教育改革が学校に与える戦略的な好機にあります。それは「探究的な学び」や「主体的・対話的で深い学び」の実践です。これらは単なる流行り言葉ではなく、国がテストで測ろうとしている能力を育むために、まさに最適に設計された学習アプローチなのです。

ここでの「探究」とは、生徒が「自ら問いを立て、情報を集め、整理・分析し、表現・伝達する」という一連の学習サイクルを指します。このプロセスそのものが、新しい評価基準への最も直接的かつ効果的な答えとなります。

  • 生徒が自ら問いを立て、情報を収集・分析するプロセスは、判断力を鍛えます。

  • グループで議論し、多様な意見に触れながら他者と協働する経験は、多角的な思考力を育みます。

  • 最終的に自分の考えをまとめ、発表したりレポートに記述したりする活動は、論理的な表現力そのものを磨きます。

ここで再び全国学力調査の目的に立ち返ってみましょう。国が発する「『主体的・対話的で深い学び』の視点からの授業改善」というメッセージは、まさに学校現場に対し、「あなたたちの強みはここにある。この学びを推進することこそが、未来を生きる子どもたちの力を育む道なのだ」と伝えているに他なりません。

これは、解法パターンの教授に特化した塾や予備校には、決して真似のできない領域です。多様な生徒が集い、時間をかけて対話し、試行錯誤できる環境。それこそが、学校という場の本質的な価値であり、情報がコモディティ化する時代における学校独自の競争優位性なのです。この教育の転換は、学校が知識伝達の場から、未来を生きる上で本当に重要な能力を育む社会の中心的な役割へと、その存在価値を再定義する絶好の機会であると、私は確信しています。

4. まとめ:私見と現場への問いかけ

ここまで、国の政策資料を基に、テストの変化の背景にある構造を分析してきました。最後に、20年近くのこの国の教育政策の変遷を考察し、また、これからこのシステムを生きる三人の子の親として、現場で日々奮闘されている先生方への問いかけで、この記事を締めくくりたいと思います。

テストが「難しくなった」という感覚は、見方を変えれば、私たちの教育が「より深く、価値あるものへと進化しようとしているシグナル」と捉えることができます。知識の暗記量で優劣が決まる時代から、自らの頭で考え、仲間と協力し、新しい価値を創造する力が評価される時代への、不可逆な進化です。

この変化は、塾や予備校が担ってきた「受験対策」という役割の限界を浮き彫りにすると同時に、学校が持つ「探究的な学び」という唯一無二の価値を再認識させる好機でもあります。生徒一人ひとりの知的好奇心に火をつけ、対話を通じて思考を深める場を提供する。これこそ、AI時代において学校が担うべき、先生が担うべき、最も人間的な役割ではないでしょうか。

日々の業務に追われ、新たな対応に苦慮されている先生方の状況は、察するに余りあります。しかし、だからこそ、この変化を、単なる負担と捉えるのはやめ、教育の本質へと向かう必然的な進化と捉えたいのです。最後に、こう問いかけさせてください。

この大きな変化の波の中で、私たちは学校教育の価値をどう再定義していくのか。そして、明日からの授業で、私たちは生徒の中に眠る、どんな「問い」を引き出すことができるのでしょうか?

萩原 達也

2001~2008:セントラル野球連盟審判部
2009~2020:株式会社東京個別指導学院
2020~  :RUN.EDGE株式会社
2023~  :地元の部活動外部指導員※兼業
◆BFJ公認野球指導者資格Uー15
◆日本スポーツマンシップ協会認定Sportsmanship Coach

私は、プロ野球の審判員として「一瞬の判断が試合を左右する」極限の現場に立ってきました。その経験から培われた、公平さと誠実さを貫く姿勢こそが、教員や指導者が人を正しく導くための基盤だと考えています。

ベネッセグループの東京個別指導学院では教室長として、多くの学生講師を育成。生徒の成長を第一に、若い指導者の力を引き出す教室づくりに取り組んできました。

現在はRUN.EDGE株式会社にて、MLB・NPBでも活用される映像技術を教育現場に応用する挑戦を続けています。指導を「振り返り、学びに変える」視点から、教員・指導者の成長につながるヒントを発信しています。

スポーツと教育の現場で得た知見をもとに、「指導のあり方をアップデートする問い」を、MichibiQを通じて共有していきます。