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部活動の地域移行で顕在化する「スポハラ」リスク 自治体・管理職が今すぐ整えるべき指導者支援とは?

夕暮れ時、生徒が下校した後の静まり返った職員室。ふと鳴り響く電話の音に、ビクッとした経験を持つ管理職や教育委員会の皆様も少なくないのではないでしょうか。

「うちの子が、部活の顧問からひどい言葉を投げかけられたそうです」

受話器の向こうから聞こえる、保護者の怒気と不安をはらんだ声。その瞬間、背筋に冷たい汗が伝う。たった一つの不適切な指導、いわゆる「スポハラ」の発覚は、現場の一教員のキャリアを終わらせるだけではありません。学校の信頼は一瞬にして地に堕ち、対応に追われる自治体や教育委員会の機能すら麻痺させてしまうほどの恐ろしい破壊力を持っています。

実を言うと、事態は私たちが想像している以上に深刻です。日本スポーツ協会(JSPO)に寄せられるスポーツにおける暴力行為等の相談件数は、新型コロナウイルスの影響で一時減少したものの再び増加に転じ、2025年度にはなんと過去最多を更新しています。

さらに驚くべきは、その通報者の6割以上が保護者であり、被害者の74%が高校生以下(うち小学生が43%)という現実です。

もはや、「熱心な指導の行き過ぎだった」という言い訳は、社会に一切通用しない時代なのです。大人のエゴが子供たちを傷つけているのが現実として存在しています。

先生の顔と、顧問の顔のギャップ

日中、先生方は教室で「主体的・対話的で深い学び」を実現しようと、本当に日々、授業に磨きをかける試行錯誤をされています。生徒の意見を引き出し、失敗を許容(信じ・待つ)し、自ら考える力を育む。そんな素晴らしい授業を展開しているはずの先生が、放課後になりジャージに着替えて体育館に向かった途端、別人のようになってしまう姿を見たことはありませんか?

「なんでそんなこともできないんだ!」

「使えねぇな!」

「何回も教えただろ!?」

などといった大声が響き渡る。

授業ではあんなに生徒の言葉を待てたはずなのに、コートの上では答えを力で押し付け、従わなければ罰を与える。これでは、教育の根幹から完全に離れた「受動的・一方的で浅い学び(体験)」にしかなりません。これがお子さんの人間的な成長に寄与するでしょうか。答えは否です。

なぜ、こんな矛盾が起きてしまうのか。 放課後の職員室で、頭を抱える若手や中堅の先生の声をよく耳にします。

「自分が学生時代、殴られたり暴言を吐かれたりして、それでも結果を出してきた。だから、今の時代に合わせたそれ以外の教え方がわからないんです」と。

勝てばいいという「勝利至上主義」や、チームの空気を優先する「集団主義」、そして何より「暴力や暴言を使わない指導方法がわからない(指導方法不明型)」という負の連鎖が、現場の先生たちを呪縛しているのです。

地域移行で顕在化するリスクと、失われるキャリア

現在、教育界では「部活動の地域移行(地域展開)」が大きなうねりとなっています。これは単に指導の主体が学校から地域へ移るというだけの話ではありません。閉鎖的だった部活動に、地域の、そして社会全体の厳しい目が直接向けられるようになるということです。

これまで「部活の伝統だから」と、理不尽な対応や差別的対応など、「愛のムチだから」と黙認されてきた暴力。これらが地域クラブで発覚した場合、学校というシールドがない分、自治体や運営団体への責任追及はよりダイレクトで強烈なものになります。

特に厄介なのが「暴言」です。暴力のように直接手を挙げていないから大丈夫だろう、という勘違いは致命的です。JSPOへの相談の実質1/3程度が暴言に関するものであり、人格を否定するような言葉は、暴力以上に長く子どもの心に嫌な思い出として残り、最悪の場合は自ら命を絶ってしまう事案すら報告されているのです。

また、少しのミスで激昂し、言葉の刃を振り回す「感情爆発型」の指導者も要注意です。アンガーマネジメントのスキルを持たないまま現場に立てば、そのリスクは計り知れません。 あるいは、動作の指導、マッサージと称して不必要に身体に触れるセクハラ行為。ある男性教師は、強豪校を育て上げた自負があったのかもしれませんが、保護者からの抗議の電話一本で警察沙汰になり、「それが私のすべてのキャリアが終わった瞬間でした」と語っています。

たった一度の感情の爆発や、時代錯誤な身体接触が、何十年と積み上げてきた教員としてのキャリアを完全に灰にする。管理職の皆様、これは本当に「対岸の火事」でしょうか?

「指導分析」が孤立した指導者を救う

この危機的状況を打破するためには、指導者自身が現場でアップデートしていくしかありません。 手始めに、指導者に対するハラスメント防止の研修を徹底し、適切なコーチング資格の取得を推進することは必須です。暴力や暴言、差別的な対応がなぜ違法であり、どう処分されるのかを知識として叩き込む必要があります。

しかし、研修の座学だけで「はい、明日から良い指導者になります」とはなかなかいかないのは今回のJSPOの相談件数の結果からも伺えるでしょう。それはどんなによい研修内容であったとしても、研修の効果は本当にそのテーマを重要と捉えている人間に限定されてしまうからです。裏を返すと受動的に、機械的な研修をするだけではその意味合いは薄れてしまうのです。

そこでいま、私が非常に重要だと考えているアプローチがあります。それは現場の先生の体験を根本から変える「指導分析」です。 最近はスマートフォンなどで簡単に現場の動画を撮れるようになりました。しかし、ただ漫然と撮るだけではありません。指導者の指導風景を撮影し、「ここの声かけ、少し威圧的だったかもしれない」「この教え方でちゃんと伝わっているだろうか」と自ら悩む数十秒のピンポイントな映像だけを切り取り、信頼できるメンターや専門家、あるいは同じ悩みを持つ指導者間で共有し合うのです。

「先生、今の言い方は少し感情的ですね。アンガーマネジメントを意識して、ここはグッと堪えてみましょうか」 「この練習の改善は、言葉よりも生徒にどう考えさせるかが鍵ですよ」

これまでは、体育館という一種のブラックボックスで「絶対的な王様」になりがちだった指導者が、自らの姿を客観視し、他者からのフィードバックを得る。研修で得た知識と、目の前の現実のギャップを埋めるための、まさに「伴走型」のツールです。 指導者が孤立せず、日々の小さな振り返りを通じて成長していける環境。ひいては、資格取得のその先にある持続可能な学びの場を提供するようなサービスが、実は少しずつ広がりを見せ始めています。こうしたシステムを取り入れることで、先生方は自らの指導の「ゆがみ」に気づき、本物のコーチングへと脱皮していくことができるのです。

最後に、、、親として、指導者として

三人の子どもを持つ一人の親として、そして中学生の部活動を指導するひとりの現役指導者として、部活動に思うことがあります。

子どもたちには、ただ純粋にスポーツや文化活動を楽しみ、仲間と限界を乗り越えるあの素晴らしい体験をしてほしい。世界中の人々が熱狂するスポーツの世界で、大人たちの不適切な指導やエゴに巻き込まれることによって競技から離れてしまう子どもを、これ以上見たくないのです。

JSPOが示す過去最多の相談件数には、管轄団体の異なる「学童野球」などは含まれていません すべての競技団体を網羅した数字ではないという現実をふまえれば、この件数はあくまで「氷山の一角」の、さらにその一角でしかないのです。

現場の先生方は、本当は誰よりも子どもたちの成長を願っているはずです。 だからこそ、管理職や教育委員会、自治体の皆様には、「ダメなものはダメ」と上から切り捨てるだけでなく、先生方が自らを省み、新しい指導の形を手に入れられるような「仕組み」と「環境」を用意していただきたいと切に願います。

次の週末、グラウンドや体育館に響く声が、怒号ではなく、選手たちと対話する穏やかで熱を帯びた声に変わるように。 先生と子どもたちの未来を守るためのその一歩を、どうか踏み出してみてください。

部活動の教育的意義を引き継ぐ地域クラブは、まさにいま、その新しい価値観を生み出すことが問われています

あなたの住む、あなたの勤務する自治体では、部活動においても「主体的・対話的」な教育的価値を子供たちに届けられていますか?

「本記事で触れた『映像による客観的な振り返り』。これを部活動やクラブチームで手軽に導入できる仕組みがSPO-LOGです。指導者と子供たちの未来を守る一歩を、ここから始めてみませんか?」

萩原 達也(はぎわら たつや)

プロ野球審判員という極めて異色のキャリアから、教育業界最大手Benesse(ベネッセ)ホールディングスグループ企業へ。
厳格なジャッジが求められる現場から、日本の教育を牽引する巨大組織での実務へと身を転じた経験から、教育業界における広範な知見と深い洞察を培う。現在はIT企業に籍を置き、テクノロジーを軸とした教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に従事。
現場で磨いた独自の視点と、Benesseで得た教育の真髄、そしてITによる変革力を掛け合わせ、固定観念にとらわれない「教育界のアップデート」を提言する。