文科省「大学入試好事例集」から紐解く高校入試のねじれと評価の未来
変わる教室の風景と、現場への共感〜「正解のない授業」に向き合う先生方へ
教育界全体に強い問題意識を持ち、この世界に関わって18年ほどのキャリアになりますが、私自身は直接教壇に立つ人間ではありません。
だからこそ、現場の先生方が日々どれほどのプレッシャーの中で「新しい学び」と向き合っているかが、少しだけ客観的に見える部分があります。文部科学省が「主体的・対話的で深い学び」を強力に推進していく方針であることは、昨今の教育動向のあらゆる場面で実感するところです。
3人の子をもつ父親として彼らの授業参観や公開授業に足を運ぶ機会が多くあります。そこで目にする学びのスタイルは、私たち親世代がかつて受けてきた「全員が前を向いて先生の話を静かに聞く」という授業とは根本的に異なっています。
「生徒たちがめちゃくちゃしゃべっている」
「自由に立ち歩き、グループで議論をしている」
「活発に手を挙げて意見を戦わせている」
そんなエネルギーに満ちた風景を見る機会が格段に増えました。
教員が一方的に知識を伝達するのではなく、生徒同士の対話を通じて思考を深めていく。このような正解のない新しい授業作りに向けて、現場の先生方が手探りで、かつ情熱的に奮闘されているのだと、教室の熱気を感じるたびに深く共感せずにはいられません。
「育てたい力」と「評価基準」のねじれ〜なぜ高校入試は変わらないのか
しかし、こうした現場の先生方の並々ならぬ努力の風景を見るにつけ、私はひとつのある強い「違和感」を抱かずにはいられません。それは、日々の授業で育てようとしている能力と、出口となる「入試方式」との間の決定的な乖離です。
現行の新しい授業スタイルは、生徒たちの「表現力」「主体性」「コミュニケーション力」といった、いわゆる非認知能力を高めることを明確な意図としています。それに対して、中学校での学びの最大の出口とも言える「高校入試」はどうでしょうか。依然として「教科試験の得点」が、入試の絶対的な評価として君臨しています。
入試という選抜の場において、結局のところペーパーテストの得点が主要な判断材料となるのであれば、従来の知識伝達型の授業スタイルに固執する教員を生んでしまうのは、ある意味で必然の構造だと言えます。
「俺は、私は、従来のこの授業スタイルで生徒の成績を上げてきたんだ」
「新しいことをやって点数が下がったら、誰が生徒の進路に責任をとるのか」
そう思う先生が少なくないのも、教育現場のリアルなジレンマとして痛いほどわかります。中学校における基礎的な教科内容の定着が極めて重要であることは大前提として疑いようがありません。
それでも「この授業でつけたい能力」と「現在の入試方式」の間の乖離は、教育現場に大きな「ゆがみ」をもたらしていると思えてならないのです。
表現力とコミュニケーション力を問う〜大学入試「総合型選抜」の劇的な変化
視点を高校のさらに先、大学入試へと向けてみましょう。実は大学入試の風景は、ここ数年で劇的な変化を遂げています。ペーパーテストによる一発勝負ではなく、「年内入試」で決着をするケースが急増しているのです。その最たる例が教科得点の良しあしではなく様々な視点で合格基準を設けている「総合型選抜」の普及です。

文部科学省が公表した『令和6年度 大学入学者選抜における好事例集』を見ると、各大学が教育改革の一環として、いかに表現力やコミュニケーション力を重要視した多角的な評価へと舵を切っているかが、具体的な数字とともに明確に示されています。
『令和6年度 大学入学者選抜における好事例集』
叡啓大学
試験名: 総合型選抜(春入学)
試験方式: 第一次選考(書類選考)、第二次選考(テーマに基づくグループディスカッション・面接) ※探究型学習やプロジェクト等に能動的に取り組んだ経験を評価。
募集人員/入学者数: 募集50名(春入学全体の62.5%)/入学者49名
志願倍率: 1.5倍
香川大学(医学部 看護学科)
試験名: ナーシング・プロフェッショナル育成入試(総合型選抜Ⅰ)
試験方式: 第一次選考(書類選考)、第二次選考(小論文、面接) ※出願時に「入学までの学習計画(600〜800字)」と「エッセイ(1000字)」を課す。
募集人員/入学者数: 募集25名(学科全体の約41.7%)/入学者27名
志願倍率: 5.0倍
広島大学(総合科学部 国際共創学科)
試験名: 総合型選抜 IGS国内選抜型
試験方式: 第一次選考(書面審査)、最終選考(複数教員による30分の英語面接)
募集人員/入学者数: 募集10名(学部全体の約6%)/入学者10名
志願倍率: 3.9倍
広島大学(総合科学部 総合科学科)
試験名: 総合型選抜Ⅰ型(サイエンス研究評価型)
試験方式: 第一次選考(書類審査)、最終選考(研究活動のプレゼンテーションと質疑応答)
募集人員/入学者数: 募集6名(学部全体の約4%)/入学者6名
志願倍率: 1.7倍
東北大学(経済学部)
試験名: AO入試Ⅲ期(総合型選抜)※理系入試として実施
試験方式: 書類選考(大学入学共通テスト)、面接 ※面接試験により、論理的な思考力やコミュニケーション能力を評価。
募集人員/入学者数: 募集10名(学部全体の4%)/入学者12名
志願倍率: 2.4倍

見えない成長を「記録」する〜現場から始める、評価のゆがみへの挑戦
このように、大学入試は「1点の差」を競うものから、学びのプロセスや主体的な行動、他者とのコミュニケーション能力や表現力を総合的に評価するものへと、明確にシフトしています。
ここで改めて、文科省といった制度設計を担う上位層の方々に問いかけたいと思います。出口のさらに先にある大学入試がこれほどまでに変わり、評価の軸を広げているのに、なぜその手前にある高校入試だけが、旧態依然としたペーパーテストの得点重視のままなのでしょうか。
この授業と入試の「ねじれ」を放置したまま、現場の教員にだけ「新しい学びを実装せよ」と求めるのは、筋が通らないのではないでしょうか。教育界全体として、この制度設計のゆがみを早急に変えなくてはいけないと強く感じます。
とはいえ、現場の先生方が「上位層が制度を変えてくれるまで待つ」わけにはいきません。目の前には、日々成長していく生徒たちがいるからです。そこで、今日からでも現場で考え始められる具体的なアプローチとして提案したいのは、生徒たちの「学びのプロセスを客観的な記録(ログ)に残す」仕組みづくりです。
近年、学校現場へのICT導入が進んでいますが、ICTツールの導入や映像の活用は、それ自体が目的化してはいけません。あくまで授業改善や生徒の成長を促すための「手段」です。
しかし、生徒が教室で「めちゃくちゃしゃべっている」その瞬間の対話の様子や、スポーツや部活動で試行錯誤し、仲間とコミュニケーションを取りながら主体的に課題に挑む姿を、映像やデータとして日常的に記録(ログ)し、定期的に振り返る環境を作ることは非常に有効です。
ペーパーテストの点数には表れない、生徒のリアルな表現力やコミュニケーション力の伸びを、映像という揺るぎない事実ベースでストックしていく。これは、生徒自身に「自分はこんな風に意見を言えるようになった」「次はチームのためにこう動いてみよう」というメタ認知を促す絶好の材料となります。
日々の授業や部活動の振り返りの質が高まることで、生徒たちは自然と自らの言葉で経験を語る力を身につけていきます。そして何より、やがて高校入試の枠組みが変わり、ポートフォリオ評価や総合型選抜のような多角的な評価へと本格シフトした際、それらの記録は生徒の努力と成長を証明する強力な客観的エビデンスとなるはずです。
入試制度の壁は依然として厚いですが、目の前の生徒の「見えない成長」を可視化し、価値づける手段を持つことは、現場起点の授業改善の第一歩になるはずです。制度の変革を求めつつ、現場でできるプロセス評価の形を模索していく。それこそが、新しい学びを真に実装していくための、現実的かつ力強い一歩だと確信しています。
※情報元:文部科学省 高等教育局「令和6年度 大学入学者選抜における好事例集」(令和8年3月)
萩原 達也(はぎわら たつや)
プロ野球審判員という極めて異色のキャリアから、教育業界最大手Benesse(ベネッセ)ホールディングスグループ企業へ。
厳格なジャッジが求められる現場から、日本の教育を牽引する巨大組織での実務へと身を転じた経験から、教育業界における広範な知見と深い洞察を培う。現在はIT企業に籍を置き、テクノロジーを軸とした教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に従事。
現場で磨いた独自の視点と、Benesseで得た教育の真髄、そしてITによる変革力を掛け合わせ、固定観念にとらわれない「教育界のアップデート」を提言する。
