【現場のリアル・続編】「先生が足りない」教室のSOS。教員不足の連鎖を断ち切る「育成」のアップデート
「4月になっても担任が決まらない」――データが示す「教師不足」の異常事態
「4月になっても、担任が決まらないクラスがあるらしい」 「教頭先生が、朝から晩まで講師登録者の名簿に電話をかけ続けている」
前回の記事で、若手教員の自己都合退職が急増している過酷な現実を取り上げた。しかし、現場を覆う暗雲は「離職」だけではない。そもそも、学校に赴任してくるはずの先生が確保できないという「教師不足」が、全国の職員室で深刻な影を落としている。
文部科学省が発表した「令和7年度『教師不足』に関する実態調査」のデータを見ると、事態の深刻さが浮き彫りになる。令和7年5月1日の時点で、全国の公立学校で配当されている定数に対して3,827人の教師が不足している。
人数だけを聞くとピンとこないかもしれないが、学校数に換算すると背筋が寒くなる。小学校で1,292校(7.1%)、中学校で744校(8.1%)において「必要な人数の先生がいない」状態なのだ。特に手厚い支援が求められる特別支援学校に至っては、全体の4分の1を超える284校(25.4%)で教師が不足しているという異常事態だ。さらに、中学校や高校では、特定の教科の先生が確保できず、必要な授業が行えない「教科担任不足」まで発生している。
教職から遠ざかる若者たち。数字が物語る過酷な現実
ここまで先生が足りない大きな要因の一つは、教職以外の道を選ぶ若者が増えていることだ。同調査によれば、教員採用試験の既卒受験者はここ10年で半減(47.1%減)している。民間企業との人材獲得競争の中で、「ブラック職場」というレッテルを貼られがちな学校現場は、明らかに苦戦を強いられている。
この危機的状況を打破するための対策として、大きく3つの柱が挙げられる。
「働き方改革」
「部活動地域展開の推進」
そして
「育成」
打開策としての「働き方改革」と「部活動の地域展開」
「働き方改革」については前回も触れたが、これと密接に絡むのが「部活動」の問題である。休日の大会引率や平日の遅い時間までの指導など、教員の働き方において極めて大きな負担となっているのが部活動だ。
しかし近年、部活動の地域展開・地域連携を積極的に推し進めている自治体では、教員の負担が軽減され、結果としてその自治体で働きたいという教員志望者が増加に転じたという希望の持てる事例も出てきている。国が示す指針に従い、学校以外の地域の力も借りながら部活動を移行していくことは、確実になり手不足解消の一手となる。
ある権威が鳴らす警鐘。質の低下を招く「旧態依然とした育成」
だが、制度を整えて「働きやすさ」を改善するだけで、教育の質は担保できるのだろうか。実を言うと、教育界の最前線からは、さらに根深い危機感が聞こえてくる。
先日、教育界のある権威の方と対話した際、非常に耳の痛い、しかし目を背けてはならない指摘を受けた。
「高いレベルの大学生は教職を選ばなくなっている。それに伴い以前より、教職員の卒業した大学のレベルが落ちている。卒業した大学のレベルだけが問題ではないが、それが質の低下のひとつの要因にもなっている可能性は否めない」
教員志望者の絶対数が減れば、採用の門戸を広げざるを得ず、結果として多様な人材を確保しにくくなる側面はあるだろう。しかし、問題の核心はその次に語られた言葉にあった。
「レベルが落ちているのであれば、やる気で教職についている教員をしっかりと❝育成❞すべきだが、その育成に関しても旧態依然とした育成方法を引き継いでいるため、育成しきれていないのが現状」
この言葉に、今の学校現場が抱える最大のジレンマが凝縮されているのではないだろうか。
「映像リフレクション」が若手教員の成長を支える
過酷な環境を知りながらも、「子どもたちのために」と熱意を持って教壇に立ってくれる若手教員たち。彼らは間違いなく、これからの教育を支える宝だ。しかし、彼らを迎える職員室の「育成」の仕組みは、数十年前から止まったままではないか。
先輩の背中を見て盗めという職人技への依存。放課後に全員で一部屋に集まり、一人の若手の授業に対してダメ出しをするような従来型の研究授業。ただでさえ時間がない中で、このような心理的安全性の低い、効率の悪い育成方法を強要していては、若手は育つ前に潰れてしまう。
だからこそ、育成の仕方の抜本的な改革が必要なのだ。
ここで活きてくるのが、前回も提案した「日常の授業の映像をピンポイントで共有する」といった、テクノロジーを活用した新しいリフレクション(振り返り)の文化だ。大勢の前で吊るし上げられるのではなく、自分の空き時間に、自身の授業の数分間の映像という「事実」をベースにして先輩から客観的で温かいコメントをもらう。
こうした時間や場所の制約を超えた非同期のコミュニケーションは、若手の自己肯定感を保ちながら確かな授業力向上(メタ認知力の向上)をもたらすはずだ。
今いる先生を「守り、育てる」ために
「先生が足りない」と嘆く前に、今目の前にいる意欲ある先生たちをどう守り、どう育てるのか。精神論や旧態依然としたやり方を手放し、「育成の仕方の改革」に本気で取り組むこと。それこそが、教員不足という負の連鎖を断ち切り、教育の未来を明るく照らすための、私たちに課せられた最大の宿題ではないだろうか。
3人の子供を育てている親として
親という立場になれば自ずと学校に子供を預ける事になる。
さて、この「預ける」という表現。教職員からすると違和感を覚える方も少なくないようだ。そして私も違和感を覚える1人だ。私は学校に子供を「預けている」という感覚はなく、「託している」という考え方を持っている。それは私が通ってきた学校というのは、教育に熱い想いを持っていた先生たちがいたからだ。
幸いなことに私はビジネスの世界に身を置きながらも、教育の現場に足を運ぶことが多い仕事についている。その中で、多くの教育関係者と意見交換をする。その熱さは今も健在であり、時代が変わっても人が変わっても受け継がれている「想い」があると感じている。
だから、私は安心して学校に子供を託す事が出来ている。
だが、昨今の教員不足や早期離職の話を聞くと、この信頼が少しずつ揺らぎ始めているのも否定できない。
【出典・参考資料】 ・文部科学省「令和7年度『教師不足』に関する実態調査」 ・文部科学省「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針(令和8年4月1日適用)」
萩原 達也
2001~2008:セントラル野球連盟審判部
2009~2020:株式会社東京個別指導学院
2020~ :RUN.EDGE株式会社
2023~ :地元の部活動外部指導員※兼業
◆BFJ公認野球指導者資格Uー15
◆日本スポーツマンシップ協会認定Sportsmanship Coach
私は、プロ野球の審判員として「一瞬の判断が試合を左右する」極限の現場に立ってきました。その経験から培われた、公平さと誠実さを貫く姿勢こそが、教員や指導者が人を正しく導くための基盤だと考えています。
ベネッセグループの東京個別指導学院では教室長として、多くの学生講師を育成。生徒の成長を第一に、若い指導者の力を引き出す教室づくりに取り組んできました。
現在はRUN.EDGE株式会社にて、MLB・NPBでも活用される映像技術を教育現場に応用する挑戦を続けています。指導を「振り返り、学びに変える」視点から、教員・指導者の成長につながるヒントを発信しています。
スポーツと教育の現場で得た知見をもとに、「指導のあり方をアップデートする問い」を、MichibiQを通じて共有していきます。