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小林昭文先生Q&Aシリーズ

第3回「2つのパラドックスへの対処方法」
~3つの質問に答えて気が付いた「量質転化の法則」の重要性~

前回の「技の透明化現象(2つのパラドックス)」発表後、私自身も重大な「第2のパラドックス(自分の技(意識)を説明できない)」に陥っていたことに気が付きました。それは、私が思考の土台として何十年も当たり前に使い続けてきた、唯物論的弁証法の「量質転化の法則」です。この考え方は、私にとってはあまりに当然すぎて、これまで授業改善をテーマにした講義や本では、全く説明していませんでした。 

今回は、この「量質転化の法則」を根底に据え、「意識的な練習の繰り返し」によって2つのパラドックスを組織的に解決する方法について、3つの事例(小学校の初任者指導、高校物理の授業、生徒指導)を通して解説します。  以下の順に述べます。

〈1 「量質転化の法則」と「技の透明化」の仕組み〉

〈2 「なんで、こんなことが伝わらないの?」 〜初任者に苦労するベテラン〜〉

〈3 「毎回、そんなに繰り返していたのですか?」~小林の物理授業スキルの透明化〉

〈4 「また繰り返すのではないか?」と不安になる生徒指導〉

〈1 「量質転化の法則」と「技の透明化」の仕組み〉

私が弁証法の基礎として信頼している三浦つとむ氏の著書(『弁証法とはどういう科学か』講談社新書)では、量質転化の法則を「量的な変化が質的な変化をもたらし、また質的な変化が量的な変化をもたらすという法則」と定義しています。

身近な例で言えば、バスケットボールのシュートや料理の技術習得の過程です。本を読んだだけでは技は身につきません。何度も何度も「同じ行動を繰り返す(量)」ことで、初めて「初心者から熟達者へ(質)」と転換します。しかし、ここに落とし穴があります。

意識的な反復(量):最初はぎこちなく、頭で「意識して」やらないとできない。 

無意識の熟達(質):繰り返すうちに、身体が覚えて「あまり意識しなくてもスラスラ」できるようになる。 

この「スラスラできる状態」に達した(質的変化を起こした)とき、技は周囲から見えにくくなり(第1のパラドックス)、やがて自分自身でも説明しにくくなる(第2のパラドックス)という「技の透明化現象」が発生します。この2つのパラドックスを解決するためには、この量質転化のプロセスを「思い出し」、「もう一度、意識的に練習する仕組み」を個人的にも組織にも組み込む必要があります。(図1) 

 

〈2 「なんで、こんなことが伝わらないの?」 〜初任者に苦労するベテラン〜〉

【相談の概要】

小学校のリーダーであるA先生から、「意欲的な新任2人が、子供に対して『ダメだ!何回も言わせんじゃねぇーよ!』と怒鳴っていた。ベテラン陣も『ちょっと乱暴で心配だ』と困惑している」という相談を受けました(5月下旬)。 

A先生の話を整理すると、以下の3つの構造が見えてきました。 

⑴ベテラン間では、子供への適切な接し方が「共通認識・共通行動」になっている。 

⑵その認識や行動(スキル)が、新任に全く伝わっていない。 

その結果、ベテランは問題を感じつつも、動けず、悶々としている。 

【2つのパラドックスで読み解く】

この状況は、まさに「2つのパラドックス」が見事に起きています。 

第1のパラドックス(新任からは見えにくい):ベテランの「笑顔で挨拶する」「柔らかく諭す」といったスキルは、熟達しすぎて「あまりにも自然(フツーの行動)」に見えます。そのため新任には、先輩たちが「プロの担任スキル」を使っているようには見えず、ただ「素の自分で楽しく遊んでいる」ように誤解されたのです。結果、新任もプロの意識を欠いた「素の自分」で子供に接し、感情的に怒鳴ることもある、ということです。 

第2のパラドックス(ベテランが説明できない):ベテラン自身も、自分の行動が「意図的に磨いてきたスキル」であることを忘れ、他者に説明できなくなっています。そのため、新任の行動を「スキルの未熟さ」ではなく「人間性の問題(あの新任は変だ、ダメだ)」と捉えかけていたのです。 

しかし、「誰も悪くありません」。原因は個人の資質や怠慢や努力不足ではなく、むしろベテラン先生たちが懸命に仕事に取り組み、そのスキルを磨きぬいた結果、起きてきた「技の透明化現象」という法則のせいです。 

 

【解決策:量質転化の過程を呼び起こす「意識的練習」】

では、どうすれば良いか。私がA先生に「新年度に接し方を提示しましたか?」と聞くと、返事は「いいえ」でした。それなら解決策はシンプルです。以下のように対処し、改善するとよさそうです。

① スキルの明文化(透明化の打破)

「子供への接し方十か条」のように言葉にして提示します。新任には読んでもらい、質問に答える時間をとるともっと良い気がします。これで新任からも「見えない窓ガラスの形」が見えるようになります。 

②「書いて貼って終わり」にしない運用

機械と違い、人間の技はマニュアルを読んだだけでは機能しません。「知識(知る・覚える)」から「技(定着)」に変えるには、「何度も、意識的に繰り返す練習(量質転化のプロセス)」が絶対に必要です。

③ 「質問」による意識化の強制介入

新任に「チェックリストをやりなさい」と指示するのは威圧的です。また、「チェックリスト」が悪い意味での道具化して、「チェックリストは持っているけど、スキルは向上しない」ことにもなりかねません。私のお勧めは、ベテランからの「質問による介入」です。

同僚とすれ違った際に、「最近、子どもたちと話すときに〈笑顔〉を意識できていますか?」「困っていることや迷うことはないですか?あれば遠慮なく質問してね。私も最初の頃は色々迷ったから‥」と優しく問いかけると良いでしょう。

 

人間は質問されると、反射的に自分自身を振り返ります。「あ、意識が薄れていた」と気づき、もう一度「意識的に動こう」と行動を修正します。この「質問による意識化」を毎日繰り返し(量的積み重ね)、やがて無意識にスラスラできる「技の定着(質的変化)」へと転化させていくのです。同時に、問いかけを続けるベテラン側にも「質問で介入する」という高度な育成スキルが定着(量質転化)していきます。  このスキルは教科授業や生徒指導でもとても役に立ちます。

 

〈3 「毎回、そんなに繰り返していたのですか?」~小林の物理授業スキルの透明化〉

B先生は高校の先生。私の高校物理授業を参考にして実践してくれています。「小林と同じ

授業をやっているのに、成果がイマイチ」というのがB先生と小林の共通の問題です。その日もオンラインで授業について語り合っていました。

そんな中で私が物理授業の「問題演習」の時間に何をしていたかを語ってたところ、B先生は「え?そんなに?」と驚く場面がありました。詳細に述べます。

 

⑴小林の高校物理授業の概要

私が「アクティブラーニングの草分け」として注目され始めた「高校物理授業」の全体像は以下でした。

①65分授業を3つの段階に分ける。

 ⒜「板書ノートなしの短い説明」15分間
 ⒝「おしゃべり、立ち歩き自由の問題演習」35分間
 ⒞「確認テスト・相互採点・リフレクションカード記入」15分間

②ここで話題になったのは⒝で授業者の私(=小林)が何をやっていたかです。

私は以下のような説明をしていました。

「まあ、この35分間、私は歩き回り続けていたね。着眼点は3つ。全体・各グループ・気になる個人、だね」

「声掛けの内容は態度目標に沿って〈質問で介入する〉が原則だったね」

これに対してB先生は「具体的には何と言っていたのですか?」と質問。
私は次のように説明しました。

「基本的には、私はこの時間には全体に向けて大きな声で説明はせずに、教室内をゆっくり、ウロウロ歩き回って、各グループや個人に対して、〈質問で介入〉していました。

物理室は大きな実験用テーブル(8人掛け)が6台。席自由なので、3-4人で使っているテーブルもあれば、7-8人のテーブルもあります。更に最初のうちは、〈グループ席に着くのが苦手な生徒〉もいるので、無理をさせずに〈1人席(*1)〉も用意していました」。

③私は更に具体的な声掛けの内容についても説明しました。

「各グループに同じ回数近づくために、巡回ルートを決めて、各グループに同じように声を掛けていました」と説明。具体的には以下のように声掛けをしていた事を話しました。

「黙っていないで質問したり、説明したりできていますか?」
「必要なら他のグループに行ってもいいよ。積極的に動いてね」

「1人で考えるよりみんなで考える方が良いアイデアがでるよ。協力できていますか?」
「チームで協力できていますか?」

「ワークの時間はあと15分くらい。全員が全問終わりそうですか?」

「困っていそうな人に声を掛けていますか?」

「教科書と別紙の略解も参考にしていますか?」‥‥

という私の話を聞いてB先生は「それを各グループや、時には1人席の生徒にも言うのですか?」と質問。「うん。そうだよね。グループワークの時、私は原則的に〈全体に向けて大きな声で説明する〉はしないことにしていたので、各テーブルや塊りごとに声掛けをし続けていたね。歩きながら全体を眺め、特定のグループに立ち止まって声を掛けて、また全体を見渡しながら観察。次のグループに行って声を掛けて‥合間に1人席の生徒にも声を掛けて‥と活動していましたね。

だから、35分間休んでいることはありませんでしたね。時々、部屋の隅で立ち止まっていることはありますが、これは「全体の雰囲気をつかむため」でしたね。この私の活動は見学に来ていた多くの人達にはあまり意識に止まらなかったようですね。

だいたい、見学に来た人たちはグルプワークに注意を集中していましたね。生徒たちが

〈何を書いてるのか〉〈どんな話をしているか〉に注目していた気がしました。要するに〈コンテンツ(話したり書いたりしている内容)〉に注目していたということです。

これに対して私はコンテンツにはあまり着目せずに、生徒たちが「どう活動しているか、その活動が活発になったり、静かになったりと変化するプロセスに着目していた」という事になりますね。 

だから、例えばさっきまでは「活発に話し合っていたチーム」の声が減り、動きも減ると、「何をしているのかな?」と観察に行くという具合です。で、各自が自分の課題に集中している時は、「お、何か集中モードですね。

チームで協力はできていますか?」と軽く質問します。物凄く集中している時は、私はお邪魔虫になりそうなので、静かにフェイドアウトします。そして、全体を観察し、気になるチームや個人に近づき、また声を掛ける‥ということを繰り返していました。

④B先生は少しショックを受けたようでした。&私もショック。⇒第2のパラドックス

「そんなにきめ細かく、観察し、声を掛けていたのですね。同じようなことを、あっちにもこっちにも、声を掛けたり、質問したりしていたのですね。私は何もしないで、立ち止まって全体を眺めている時間がけっこう多い気がしてきました」と言いました。

これを聞いて私もショックでした。B先生とはこれまでにも、私が何をしていたのかは話していたつもりでした。それがきちんと伝わってなかったのだと感じました。更に〈1〉で述べた「量質転化の法則」を起こすために「同じ介入と声掛けを何度も何度も繰り返す」ということを説明していませんでした。まさに私に〈第2のパラドックス〉が起きていたことになります。

これが契機になり、B先生の授業が前進することを期待します。そのためにも、時々、オンラインで話を続けたいと思いました。

(*1)「1人席」~グループ席苦手な生徒用に用意した1人用机の席のこと。

 

 

〈4 「また繰り返すのではないかな?」と不安になる生徒指導〉

C先生からの相談。「男子生徒が女子生徒に暴力を振るった。彼には発達障害の診断が出ていて薬の服用をしていたがさぼっていた。今後、どう指導すればよいだろうか?」

という内容でした。

ここで思い出したことがあります。私は相談係として10年以上活動し、「スクールカウンセラー導入事業」に学校の主担当として活動しました。それが契機でスクールカウンセラーと教員が集まる全国大会に県の代表として参加させていただきました。この時の座長が河合隼雄先生。

河合先生の本は何冊も読み、講演会にも行き、TVの講義も何本も視聴していました。ワクワクして参加。そこで、さすが!と感動した話が2つありました。1つは危機介入の話、もう1つがC先生のお役に立つと思い、お伝えしました。いずれも本になっていないようなので、現場にいた者の責任として記しておきます。

まずは「危機介入」。当時は(今でも?)、「カウンセラーの守秘義務」が「学校内の情報共有の壁になる」という問題が全国で発生していました。その場でも、カウンセラー対教師の対立構造が明確になり、ピリピリした雰囲気になりました。

河合先生は穏やかにカウンセラーに「守秘義務は誰のためにありますか?」と質問。カウンセラーは沈黙。私も? 河合先生の説明は以下でした。

「クライアント、つまり生徒のため、ですよね。」

「ただ、自殺・他殺の危機がある時には、秘密にしてその生徒が実行してしまったら、その生徒の利益になりませんね。その時には〈生徒のために〉、秘密保持を解除します」との説明。

その明快な説明に会場は静まり返りました。私も感動しました。

次がC先生と同様の悩みに対する名回答。質問は「医師から服用の指示が出ているのに生徒が飲みたがらないことが多々あります。どうすれば良いですか?」。
河合先生の回答は以下でした。生徒が薬を飲みたくない理由は「こんな薬を飲まなくてはならない自分は正常ではない」と劣等感を持つからです。これを変えることが大事。そのためにこんな説明をします。「近眼・老眼等の人が毎日眼鏡を掛けるのは異常?」「足腰が弱っている人が毎日杖をつくのは異常?」と質問すれば、生徒は「当たり前」と答えます。「それと同じこと。自分のために〈毎日〉続けましょう」と説明すると良いですよ。

この話に会場には静かな感動が広がりました。私はその後、かなり多くの生徒や保護者、同僚にこの話を伝えてきました。全員が「あ、そう言えば良いですね。楽になりました」と喜んでくれました。そして生徒には時々、「薬飲んでいますか?」と質問していました。「はい、もちろんです」と返ってきます。私がそうやって関わった生徒が服用を中止して、問題を起こしたことは一度もありませんでした。

この話をC先生にも話しました。実は、これも「量質転化の法則」の応用。会うたびに他の人に聞こえないように「飲んでますか?」「はい」「素晴らしい。その調子で続けましょう」とやり取りします。この繰り返しが質的転化を起こします。習慣になります。あとは楽です。似たようなケースは多いはず。ぜひ、応用してみてください。 

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小林昭文(こばやし あきふみ)

埼玉大学理工学部物理学科卒業。空手のプロとして修行したのち、埼玉県公立高校理科(教諭)として25年間勤務。
定年退職後、産業能率大学経営学部教授(クリティカルシンキング、アクションラーニング(質問会議)等の授業を担当)。
現在は㈱AL&AL研究所代表。
著書「アクティブラーニング入門(小林昭文著/産業能率大学出版部)」他多数。
NHKの教育番組にゲストとして出演経験を持ち、さまざまな学校への指導助言を行う教育界の泰斗の一人