【現場のリアル】「早く帰れ」だけでは若手は救えない。教員離職を食い止める「映像リフレクション」という処方箋
「また一人辞める」――過去最多を記録した若手教員の退職
「また一人、隣の学年の若い先生が辞めるらしいよ」
職員室。いつかかってくるか分からない保護者からの電話を待ちながら、山積みのプリントと格闘していると、ふとそんな会話が耳に飛び込んでくる。パソコンの画面を見つめたまま、深くため息をつく20代の若手教員の背中。最近、あちこちの学校でこんな光景が日常になってしまっているのではないでしょうか。
先日、鹿児島県で報じられたニュースは、まさにこの現場のリアルを浮き彫りにするものでした。同県教育委員会の発表によると、2024年度に自己都合退職した教員は275人に上り、2013年度以降で最多を記録しました。さらに衝撃的なのは、そのうち20代が53人、30代が45人を占め、若手だけで全体の3分の1を超えているという事実です。退職の理由は、他県の教員採用試験の受験や、他業種への転職など多岐にわたるといいます。
彼らは決して、教育への情熱を持たずに教壇に立ったわけではないはずです。むしろ「目の前の子どもたちのために」という熱い思いが、日々の膨大な業務量と、誰にも悩みを打ち明けられない孤独感の中で、静かにすり減っていってしまった。深刻な教員離職や教員不足の背景には、そんな若手教員たちのSOSが隠されているように思えてなりません。
国が打ち出す「月30時間」への削減目標と業務の3分類
国も決して手をこまねいているわけではありません。令和8年度から適用される文部科学省の新しい指針では、働き方改革に向けてかなり踏み込んだ目標が設定されました。各教育委員会に対し「業務量管理・健康確保措置実施計画」の策定と毎年の公表を義務付けたのです。
その目標値は強烈です。政府として、令和11年度までに教育職員の「1箇月の時間外在校等時間」を平均30時間程度に削減することを目指すと明記されました。もちろん、月45時間以下という残業上限の徹底も強く求められています。
具体的な業務の見直し方針として、いわゆる「業務の3分類」もアップデートされました。登下校の見守りや学校徴収金の管理は「学校以外が担うべき業務」として地域や自治体に切り離す。調査・統計への回答などは事務職員など「教師以外が積極的に参画すべき業務」とする。そして、授業準備や成績処理といった本来の業務であっても、ICT活用や校務DXを推し進めて徹底的に負担軽減を促進する。
制度の方向性としては、まったくもって正しい。文科省の本気度も伝わってきます。しかし、実を言うと、これがそのまま教育委員会から学校現場に降りてきたとき、手放しで喜べるかというと少し立ち止まってしまいます。
「目標達成」が現場を追い詰める? 働きやすさと働きがいのジレンマ
「実施計画の目標達成」が自己目的化してしまい、管理職から現場へ「とにかく早く帰りなさい」というプレッシャーだけが強まる危険性があるからです。指針でも「目標の達成のみを目的として自宅等に持ち帰って業務を行う時間が増加することは、厳に避けなければならない」と釘を刺していますが、現実はそう簡単ではありません。
「残業するなと言われても、明日の授業の準備が終わらない。結局、家に持ち帰って夜中までパソコンを開いている」
そんな泥臭い本音が、あちこちの学校から聞こえてきます。働きやすさを追求するあまり、若手が放課後に先輩を捕まえて「この生徒の対応、どうしたらいいですか?」と相談する時間すら奪われてしまう。職員室から「余白」が消え、教育という仕事の最大の魅力である「働きがい」まで見失ってしまっては、かえってメンタルヘルスを損ないかねません。
「映像リフレクション」がもたらす、新しい職員室のカタチ
では、業務を効率化しながら、若手教員が教育への情熱を取り戻し、同僚との温かい繋がりを感じられるようにするには、どうすればいいのでしょうか。
少し視点を変えてみましょう。プロ野球などのスポーツ中継を見ていると、ベンチで選手がタブレット端末を覗き込み、直前の自分のフォームや対戦相手のデータを熱心に分析している姿をよく見かけます。自身の成功、そしてチームの勝利のために、客観的なデータを使って貪欲にスキルに磨きをかける。その姿勢はまさに「プロ」そのものではないでしょうか。
ひるがえって、私たちの教育界はどうでしょうか。教室にカメラを入れ、自分の授業を「映像」として記録することに対しては、様々な弊害やアレルギーが先に立ちます。実を言うと、世間一般のビジネスやスポーツの世界と比較して、大きく遅れをとっていると感じざるを得ません。デメリットへのリスクや恐怖ばかりが先行し、「映像」を活用することでもたらされるはずの計り知れない恩恵を、自ら手放してしまっているシーンを何度も目にしてきました。
だからこそ、ここで一つのアプローチとして提案したいのが、日常の授業を「映像」で記録し、ピンポイントで共有し合うという「映像リフレクション」の文化です。
学校現場における最大の学びの場といえば、昔から「研究授業」です。しかし、従来の研究授業を思い浮かべてみてください。準備に何日も膨大な時間をかけ、放課後に全員が一部屋に集まる。若手はベテランからの厳しい指摘に大勢の前で萎縮し、ただでさえ足りない業務時間がさらに削られていく。いまの働き方改革の波の中では、かなり無理が生じています。
もしこれを、自分のいつもの授業をギガ端末などで撮影し、「あの発問の時、生徒の反応が薄かったんですが、どう声をかければよかったですか?」と、気になった数分間だけを切り取って先輩に共有できたらどうでしょう。特別な準備はいりません。いつもの授業をするだけです。
動画を受け取った先輩の先生も、全員で一箇所に集まる必要はありません。自分の空き時間にその短い映像を見て、「あの時の君の視線の配り方はすごく良かったよ。次はこんな問いかけをしてみては?」と、動画の該当箇所に直接コメントを返すことができます。
これなら、相手の時間を奪うことなく、互いの都合の良いタイミングで非同期コミュニケーションが取れます。何より、自分の授業の映像という「事実」を客観的に見つめ直す体験は、ただ言葉でダメ出しをされるよりも、はるかに前向きな授業改善への気づきをもたらしてくれます。
制度だけでなく「日常の体験」をアップデートするために
「ちょっとここ見てくださいよ」と気軽に日々の悩みを共有できる環境。それこそが、正解のない教育現場で迷子になりがちな若手教員を救う、最強のセーフティネットになるはずです。
次期学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を「実装」のステージにあげるといった話もちらほら耳にします。その「実装」の一助となるのは、上記に記載したような変化とそれにチャレンジしようとする教育関係者の勇気ではないでしょうか。
教育界に身を置いて18年。私自身も、教育現場が抱える理想と現実のギャップに直面し、もがき苦しむ先生たちの姿を数え切れないほど目の当たりにしてきました。だからこそ、子どもたちの未来を預かる情熱ある若い先生たちが、誰にも助けを求められずに悩み、もがき苦しみ、そして記事にあるように多くの若者が静かに学校を去っていく現状は、たまらなく悔しいのです。
文科省の新しい指針は、教員の長時間労働を是正するための強力な後ろ盾になります。しかし、ルールや数値目標の管理だけで、人の心は繋ぎ止められません。最後に若手の心を救うのは、職員室の中にある、血の通った温かいコミュニケーションの連鎖です。
制度の枠組みを整えるのと同時に、先生たちの「日常の体験」をどうアップデートしていくか。私たちは今、その分岐点に立っています。
あなたの学校の職員室には、若手がふと弱音を吐き、共に授業を語り合える「余白」が残されているでしょうか?
【出典・参考資料】 ・南日本新聞「急増する若い教員の自己都合退職。「他県の教員に」「他業種へ転職」…20、30代が全体の3分の1――2013年度以降で最多 鹿児島県教委」(Yahoo!ニュース配信版) ・文部科学省「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針(令和8年4月1日適用)」
萩原 達也
2001~2008:セントラル野球連盟審判部
2009~2020:株式会社東京個別指導学院
2020~ :RUN.EDGE株式会社
2023~ :地元の部活動外部指導員※兼業
◆BFJ公認野球指導者資格Uー15
◆日本スポーツマンシップ協会認定Sportsmanship Coach
私は、プロ野球の審判員として「一瞬の判断が試合を左右する」極限の現場に立ってきました。その経験から培われた、公平さと誠実さを貫く姿勢こそが、教員や指導者が人を正しく導くための基盤だと考えています。
ベネッセグループの東京個別指導学院では教室長として、多くの学生講師を育成。生徒の成長を第一に、若い指導者の力を引き出す教室づくりに取り組んできました。
現在はRUN.EDGE株式会社にて、MLB・NPBでも活用される映像技術を教育現場に応用する挑戦を続けています。指導を「振り返り、学びに変える」視点から、教員・指導者の成長につながるヒントを発信しています。
スポーツと教育の現場で得た知見をもとに、「指導のあり方をアップデートする問い」を、MichibiQを通じて共有していきます。