【RECOROKU導入事例】
中越言語難聴研究協議会
映像を使った研究授業のDX化
以前公開したMichibiQの記事「【政策の死角】「誰一人取り残さない学び」の現在地―データが突きつける教室のリアル―」では、特別支援教育の現場が直面している現実をお伝えしました。
全国で3192もの特別支援教室が不足し、普通教室や廊下を間仕切りしてしのぐケースもあるという。。。そして、データで浮き彫りになったのが「教員の孤立」という問題です。
同記事の結びにおいて、私は「孤立しているのは子どもたちだけではない。教員もまた、教室という密室で膨大な課題を抱え込んでいる。現場のリアルな知恵と熱意がネットワークとしてつながった時、虚ろなスローガンは血の通った現実の教育へと変わる」と指摘しました。
今回は、まさにその「現場のリアル」と真正面から向き合い、地理的・構造的な壁を打ち破って課題解決に取り組む新潟県の教育組織の実践をご紹介します。今回は、地理的・構造的なハンデを抱えながらも、ICTを活用して学校や地域の壁を越えようとする新潟県の先生たちの実践を追います。「大げさな教育革新」といった話ではなく、目の前の子どもに向き合う中で生まれてきた、ICTを使った工夫。その取組をご紹介します。
1. 「1人職」の孤独を乗り越える――中越言語難聴研究協議会とは
新潟県の中越地域を中心に活動する「中越言語難聴研究協議会(以下、中越言難)」は、昭和40年代から続く歴史ある教育研究団体です。ことばやきこえに課題を抱える言語障害児・難聴児に対する適切な実態把握と、効果的な指導法を探求し続けています。
現在、三条市立裏館小学校の糀谷正夫校長が会長を務め、言語障害通級担当者24名、難聴通級担当者4名、難聴学級担当者8名、研修受講中の2名を含む計38名が在籍しています。今回、紹介する実践は、長岡市立新町小学校の高松敏之先生が中心となって進めています。

近年、発達障害を担当する通級指導教室は全国的に増加傾向にありますが、中越言難の最大の強みは、「ことば」と「きこえ」に特化した極めて高い専門性にあります。彼らは毎年、会員全員が実践を執筆して研修誌を発行するなど、自己研鑽を続けています。
しかし、彼らが直面している構造的なハードルがあります。それは「1人職の壁」です。 通常の学級担任であれば、隣のクラスの先生や学年主任に「この子の指導、どうしたらいいだろう?」と気軽に相談することができます。しかし、新潟県中越地域では言語や難聴通級の担当者が、1つの学校に複数名配置されることは稀です。校内に専門的な指導方法を検討・相談できる同僚がいないという環境の中で日々の指導に向き合ってます。
2. GIGAスクールの「市町村の壁」を打破した新たな取組
こうした孤独を解消し、指導力を高め合うため、中越言難では年3回の研修会を実施してきました。しかし、ここでもう一つの大きな壁が立ちはだかります。それが「物理的な距離」です。広大な新潟県において、県内各地から集合するには往復2時間以上の移動時間と、数千円の交通費がかかるケースも珍しくありません。
そこで彼らは、ICTを活用して地域を越えてつながる方法を模索しました。 文部科学省のGIGAスクール構想により、各学校にはクラウドストレージ(Google Driveなど)が導入されましたが、実はここには「セキュリティ上の理由から、市町村をまたいでファイルを共有できない」という、制限が存在していました。市町村の枠を越えて構成されている中越言難にとって、これは致命的な障壁でした。
この障壁への対策として、試行的に導入したのが、 研究授業などで教育現場で活用が進んでいる映像プラットフォーム「RECOROKU(レコロク)」でした。地域の制限を受けずに動画を共有できるシステムを活用し、有志による試験的な学びをスタートさせています。
3. 【実践事例】非同期の動画共有がもたらした「可視化される授業研究」
中越言難がRECOROKUを用いて展開している主な事例は、以下の2点です。
① 映像を用いた事例検討会
これまで言葉や文字だけで共有していた児童の課題を、実際の指導場面の「動画」として共有。これにより、複数の担当者が具体的な映像を見ながら、児童の成長経過を追うことが可能になりました。


② 非同期型のオンライン公開授業(仮想公開授業)
彼らが実践しているのは、リアルタイムに集まる必要のない非同期(場所・時間を同期しない)での研修です。指導場面だけでなく、事前のミーティング等も録画して共有。各教員は自分の都合の良い時間に動画を視聴し、研究授業に参加することができます。
ここで極めて重要な役割を果たしているのが、動画の特定の場面に「しおり」のようにコメントを残せるRECOROKUの機能です。「ここが良い」「このときの児童の舌の脱力に注目」「正しく発音(構音)しているか 」など、映像内の着目する数秒に紐づけてピンポイントに意見交換を行うことで、単なる動画視聴・共有ではなく、映像を使った「協働的な学びの場」へとアップデートされているのです。

4. 映像活用がもたらしたパラダイムシフト――現場の先生達の声
実際にこの取組に参加している先生方の「生の声」を伺うと、そこには教育現場の働き方と学び方が劇的に変化している様子が窺えました。
■ メタ認知の向上と、他者の視点による気付き
「本来、一堂に集合しないとできなかった指導の共有が、移動せずに(自分の都合の良い時間に)行えました。また、映像で確認すると自分の指導イメージとの誤差がある事が分かり、メタ認知につながりました。複数の先生に見てもらうことで、自分では気付けなかった児童の様子を指摘してもらい、大きな気付きを得ています。」(石田先生・通級担当3年目)
■ 経験の可視化と、ノウハウの引き継ぎ
「職場の異動があると、紙の指導記録ファイルは後任に引き継ぐため自分の手元に残りません。しかし、過去の指導を振り返りたいときに映像記録がクラウド上に蓄積されていると、いつでも見返して自身の成長や次の指導に活かすことができるため非常に便利です。」(櫻井先生・通級担当6年目)
■ コロナ禍の空白を埋める「仮想の教室訪問」
「動画を共有することで、『指導がうまくいかない理由がどこにあるのか』『どんな声掛けをするといいか』など、より具体的なご意見をいただきました。自分は研修期間がないままコロナ禍に通級担当になり、他校への参観に積極的に行く事ができませんでした。そのため、他の方の教室の様子や良いところを映像で見て真似できたのは、本当に貴重な経験でした。移動時間と交通費がゼロになったのも大きいです。」(品田先生・通級担当6年目)
■ 「文字」では伝わらない専門技術の伝承
「教科や学級経営などに比べ、私たちには研修の場が少なく、専門書などの文字や写真からでは読み取りにくい『構音操作(口や舌の動かし方)』が存在します。RECOROKUのスロー再生機能で口形や舌の動きに注目しながら、他の方の実践から学べるのは自己研修ツールとして極めて有効です。」(鈴木先生・通級担当5年目)

5. 中越言難が描く「未来の特別支援教育」の展望
彼らの挑戦は、動画の共有にとどまりません。中心となって活動を推進する高松先生は、さらなる先を見据えています。
現在、高松先生が挑戦しているのは、生成AI(Gemini)を「ことばの教室担当者の仮想の同僚」として活用する実証実験です。構音指導に特化したプロンプトでGem(カスタム版Gemini)を作成し、事例の指導経過を随時記録したDocumentを参照させることで、生成AIに現在の様子を把握させます。担当者と事例を理解した生成AIが対話しながら、適切な指導方針を考えられるような環境を目指しています。
また、蓄積された動画アーカイブは、専門性を必要とする言難通級担当にとって「生きた教科書」になります。似たような症例の児童を受け持った際、過去の優れた指導動画をお手本として参照できる仕組みは、属人的になりがちな特別支援教育のノウハウを組織の資産へと変える画期的なシステムです。 新潟県は文部科学省の「次世代校務DX環境整備」の実証地域に指定されており、高松先生は今回の取組で得られた知見を、今後の県の標準環境にも活かして根付かせていきたいと語っています。

6. 記者私見:雪国の壁を越え、孤立を防ぐ「インフラ」としての映像活用
広大で自治体が点在し、かつ冬季には雪による移動の困難度が高まる新潟県のような地域において、教育の質を均等に高め、維持していくためには、ICTの有効活用はもはや「選択肢」ではなく「必須命題」です。 そして、その一つの最適解が、中越言語難聴研究協議会様が実践しているような「非同期で行える教員の授業研究」であると確信しています。
前述の通り、特別支援の指導者は通常の学級の担任とは異なり、校内に同じ立場の教員がいないことがほとんどです。誰にも悩みを打ち明けられず、自分の指導が正しいのかも分からないまま、一人で迷いを抱え込む。そうした状況を「地域を越えた連帯」によって解決に導いている同協議会の取組は、手放しで称賛されるべきものです。
彼らが選んだ方法は、国が上から降ろしたシステムではなく、現場の課題を解決するために現場の教員自身が見つけ出したICTツールです。
もし今、この記事をお読みの皆様の自治体や教育委員会、そして学校組織が、「広域での教員研修の難しさ」や「専門職教員の孤立」「属人的な指導スキルの継承」といった課題を抱えているのであれば、動画を通じた振り返りと非同期での共有は、解決策の一つになるはずです。
今回の事例を下支えした「RECOROKU」のような、クローズドな環境の上で現場の映像を共有し、時間と距離の壁を越えて議論を深められるプラットフォームの導入は、教員の孤立を防ぎ、子どもと児童たちへ還元される教育の質を高める一つの鍵となるでしょう。
「一人も取り残さない」という教育理念は大変素晴らしいものです。その上でまず必要なのは「現場で戦う一人の教員をも取り残さない」環境づくりではないでしょうか。中越言語難聴研究協議会の先生達の挑戦は、全国の同じような課題感を持つ教育関係者のみなさまに、ひとつの手法として「明日から真似をしたくなる」そんな気づきを与えてくれるはずです。
最後に、この記事の公開にあたり、インタビューやアンケートへの回答を受けて頂いた先生方に感謝の意を表すとともに、実践の中心人物である高松先生との出会いにもまた感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
(取材・文/MichibiQ編集長 萩原)
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萩原 達也(はぎわら たつや)
プロ野球審判員という極めて異色のキャリアから、教育業界最大手Benesse(ベネッセ)ホールディングスグループ企業へ。
厳格なジャッジが求められる現場から、日本の教育を牽引する巨大組織での実務へと身を転じた経験から、教育業界における広範な知見と深い洞察を培う。現在はIT企業に籍を置き、テクノロジーを軸とした教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に従事。
現場で磨いた独自の視点と、Benesseで得た教育の真髄、そしてITによる変革力を掛け合わせ、固定観念にとらわれない「教育界のアップデート」を提言する。
