小林昭文先生連載「教師の成長を支えるスキル論」
第9回【理論】
「褒めて育てる?褒めてはいけない?~問題点と解決策」
~日本語の特性を上手く使って対応しましょう~
多くの方が子どもたちを「褒めて育てる」のは当然と理解されているようです。しかし、心理学者アドラーは「褒めてはいけない」「褒められ競争を引き起こしてはいけない」と言っています。「選択理論」では「褒美で釣る」は「人間関係を遠ざける」と言っています。
この喰い違いはなぜ起きているのか、を掘り下げた上で、「褒めない肯定」「日本語の特性を活かした対応方法」等のスキルを提案します。以下の順に述べます。
〈1 「褒めて育てる」が広がった経緯〉
〈2 「褒めて育てる」の構造的な危険性〉
〈3 解決策の提案〉
〈4 日本語の特性を踏まえた具体的な提案〉
〈1 「褒めて育てる」が広がった経緯〉

AIの助けも借りて調べてみると「子育て理論」には以下のような歴史があるようです。
1 江戸時代~1990年代
⑴江戸時代の育児書は多く見積もっても20冊程度。一般家庭には流通していない。
つまり子育ては家庭・地域での口伝だった。子供が多かった。江戸時代は人口増加期。
⑵戦後、「スポック博士の児童書(Baby and Child Care)」が発売(原著発売1946,日本語訳発売1966)されて、欧米流の子育てが浸透した。現在でも欧米の子育ての基本方針はこれ。早期離乳や添い寝に対して否定的で、日本人の感覚とのズレもある。
⑶「育児の百科」(松田道雄著,1967)
離乳食の進め方や添い寝など日本人の価値観や生活習慣を大事にして広がった。
2 1990年代~2000年代
人口減少や核家族増加などで子育て不安が増大。子育て文化が大きく変動した。
⑴子育て支援策の拡大
エンゼルプラン(1994)、新エンゼルプラン(1999)、次世代育成支援法(2003)
⑵子育てに関する新しい動きが次々。
絵本・読み聞かせブーム(2000年「子ども読書年」)
ポジティブ心理学(1998~)の流行:「ほめる」「自己肯定感重視」が一般化。
⑶核家族化の進行・育児不安の増大
親が「育児の正解」を求めるようになった。
⑷「ほめて育てる」が広がった歴史背景(1990〜2020)
1990年代:前夜(土壌ができる)
➀ 核家族化の増加 → 親が孤立し、育児の「正解」を本に求める
➁子育て支援政策が始まる(1994 エンゼルプラン)
➂育児書市場がゆっくり拡大→育児書が増え始める→2000年前後:爆発期(ブーム)
⑸2000年「子ども読書年」→ 家庭教育が社会テーマ化、絵本・読み聞かせブーム
➀「ポジティブ心理学(セリグマン)」の影響が日本に波及(1998〜)
「自己肯定感」「ほめて伸ばす」が一般化
➁「ほめて育てる系の本」が一気に広がる(2000〜2005)
⑹2000年代後半〜2010年代:技術化
➀「ほめ方の教科書」「ほめる達人」などの“ほめる技術”が細分化
教育・育児・ビジネスに横断的に広がる
➁ほめる=スキル・テクニックという時代へ
⑺2020年代:自己肯定感ブーム
➀「自己肯定感を高める子育て」などが大量出版された。
実質的には「ほめて育てる」の延長線上
◎ほめる → 自己肯定感(名称が変わっただけ)

3 今の先生たちは全世代が「ほめて育てる」で「育てたor育てられた」世代

上記の年代変化を見るとわかることがあります。
現在40~60代の先生たちは2000年代に「ほめて育てる育児」で〈育ててきた世代〉です。現在20~30代の先生たちは同時期に「ほめて育てる育児」で〈育てられてきた世代〉です。
従って「褒めて育てる」にほとんどの人が違和感を持たないのかもしれません。これは恐ろしいことです。幸か不幸か私は70代。「ほめて育てる」にあまり触れていない世代に属しています。だから、この問題を俯瞰できるのかもしれません。
〈2 褒めることの構造的な危険性〉

次に「褒めて育てる」ことの危険性を取り上げている理論を紹介します。
1.アドラー心理学(勇気づけ vs 褒める)
アドラーは「褒めること」そのものを否定しているのではなく、褒める行為が上下関係・評価・操作につながる構造を問題視しています。具体的には以下の構造です。
⑴褒めると上下関係が固定される
「ほめる」は上位者が下位者を評価する行為であり、支配構造を強化する。
⑵子供が評価依存になり、自立心が損なわれる
子どもは「(良く)評価されるために行動する」ようになり、内発的動機が弱まる。
友達より少しでも多く褒められようとして行動することを「褒められ競争」と指摘。
⑶褒められないと動けない人間になる
「褒められることが当たり前」になると、褒められない場面で意欲が下がる。
⑷アドラーが推奨するのは“勇気づけ”
条件付き評価ではなく、過程への共感・努力への注目。(*1)
2.選択理論(グラッサー)
選択理論は「褒める」を否定しているわけではないのですが、「褒美で釣る」ことを、「人間関係を壊す習慣(外的コントロール)」として警告しています。
例えば担任が「ごみを捨てて」と指示します。生徒は「Aごみを拾う」「B部活の時間だからと断る」「Cいやだと断る」等の選択肢を想定します。その上で自分が良いと思う行動をとります。このように生徒が自己判断できるようにしてあげることを「内的コントロール」として推奨しています。
これに対して担任がして欲しい行動に向かわせようとする対応を「外的コントロール」と言います。担任が「期待した行動になるように大声を出す、机を叩きながら言う」となれば強制力です。この構造は「体罰・暴力」の構造としても理解できます。
これらを基にグラッサーは、指導者は「ボスboss」ではなく「リーダーleader」になれ、と言っています。

3.動機づけ科学(Self-Determination Theory)
最新の研究は「褒めることの危険性」を明確に指摘しています。
⑴過剰正当化効果(Lepper, Greene & Nisbett, 1973)
予告された報酬(ごほうび)を与えると、内発的動機が下がる。
⑵デシ&ライアン(1999)128研究のメタ分析
「物質的報酬」は「やる気を有意に損なう」結果になり、「言葉の称賛」の方が「むしろやる気を高めることがある。(*2)
ただし「コントロール目的の称賛」は逆効果。などの結果が出ています。
https://kodomono-ki.com/articles/praise-extrinsic-motivation-myth.html?utm_source=copilot.com
⑶条件付き承認の危険性(Assor et al., 2004)
「良い子のときだけ承認する」関わりは「不安」「自己肯定感の低下」「完璧主義につながる」という結果が出ています。(*3)
4.日本のデータ(RIETI, 2022)
⑴「頑張ったね」(過程) → 自己決定度が最も高い(*4)
⑵「えらいね」(人物評価) → 自己決定度が低い
⑶「ごほうび」 → 最も低い
5.まとめ
要するに「ほめるやご褒美をあげる(与える)」と「子どもがやる気を出す」ということは立証されていないという事です。逆効果もあるということです。時には、「それらが「自己肯定感を下げる」などのネガティブな効果を出していることが多いということです。
と、ここまでを読んでくると「褒めること全体がダメ」と言われているような気がしてしまいます。そうではありません。これまでの分析を基に、具体的な解決策を提案します。
〈3 具体的な解決策の提案〉
解決策のヒントは上記の文章の中に付けた(1)(2)(3)(4)の箇所です。これらを解決策としてまとめると以下になります。
1.「ほめる」ではなく、「勇気づけ」をする。(アドラー心理学) ←(*1)
具体的には以下です。
➀結果ではなく努力・過程に注目する。
例「あそこで一旦立ち止まって考えたのは良かったね」
➁成長可能性への示唆
例「困ったら何かやるではなく、立ち止まって考える習慣はこれからも役に立つよ」
アドラー理論に沿って整理すると以下になります。
【やらない方が良いこと=褒める(Praise)】下手に褒めると、以下になりがちです。
上下関係を出す、評価する、操作する、依存を生む
【やった方が良いこと=勇気づけ(Encouragement)】以下を意識して働きかけます。
対等な関係、過程に注目する、自立を促す、成長の方向性を示す。
2.物質的な褒美は使わない。←(*2)
時々、「1番の人にはご褒美に○○を上げるよ」を多用する先生がいます。これを続けると
子供たちは「より大きなご褒美でないと動かない」とか、「ご褒美がないと従わない」という反応をします。先生は毎日色々なご褒美を用意することでくたびれるということにもなりかねません。
3.「あ明るく、いいつも、さ先に、つついでにひと言」←(*3)
「良い子のときだけ承認する」関わりは「不安」「自己肯定感の低下」「完璧主義につながる」という結果が出ています。(*3)
このような「不安」等を引き起こさないためには、先生が「あ.明るく、い.いつも、さ.先に、つ.ついでにひと言(ついでに質問)」を続けることが効果的です。これを教えてくれたカウンセリングの先輩は私にこう言いました。「小林さん、黙っている時の顔が怖いよ。目つきも鋭いし。意識的に笑顔をつくって生徒たちに声を掛けなさいよ」。このアドバイスが私の仕事の仕方を大きく変えました。仲の良い教員が「人格変わった?」と言ったほどです。
4. 「頑張ったね」=〈過程をほめる〉=勇気づけ=自己決定度が最も高い←(*4)
結果ではなく過程(プロセス)を「見て」「ほめる」は効果的です。以下がその例です。
「1日で凄く進んだね」「行き詰ったときにチームの団結力は高いものがあったね」「誰かが元気をなくした時に、別の誰かがすぐに声を掛けていたのには感心したよ」「色々なアイデアをみんなが出して、1つ1つのアイデアを検討していたのはうまいやり方だったよ」「困難な状態になってもすぐに先生に頼るのではなく、まずはチームで考えていたのは素晴らしいと思ったよ」‥
〈4 日本語の特性を踏まえた具体的な提案〉

1.「小林さん、凄いですね」と言われた体験
大学教授として教えていた時に授業を見に来てくれた高校教諭のA先生がいました。その時に興味深い体験をしました。授業が終わって学生たちが外に出ていきます。私はPC等を片付けています。ある学生が、私が教室後方に置いて使っていたポータブル・スピーカーを持ってきてくれました。「小林先生、ここに置いておきますね」「あ、ありがとう」というやりとりをしました。研究室に戻って、A先生と話を始めた第一声が「小林さんって、凄いですね」でした。「?」の私に対して以下の説明をしてくれました。
「あの学生に対して、小林さんは『ありがとう』しか言わなかったのに驚きました。普通なら、『気が利くね』『他の人とは違うね』『他の人達も見習ってほしいね』‥などと、褒め言葉を並べます。でも、それらは〈評価的〉なんですよね。結果、アドラーの言う〈ほめられ競争〉を招きかねない。ある意味、難しい場面だったのに、小林さんはフツーに、スムーズに、『ありがとう』しか言わなかった。評価しないでお礼だけを言う。凄いスキルを見せていただきました」。
実をいうと、この時のことは長い間、私にとってはあまり理解できていませんでした。25年間の高校教諭時代に、カウンセリングを学び、相談係を務め、授業者としても担任としても生徒たちを傷つけないようにと意識し続けてはいました。その結果なのかもしれません。「技の透明化現象(注1)」の第2のパラドックス=「熟達者が自分の技(スキル)を言語化できなくなる」が私に起きていたとも言えそうな事例でもあります。
2.日本語の特性が「評価しないで褒める」を実現する?
上記の事実は「お礼は言うけど、褒められ競争は起こさない」という一見不思議な事例です。どうもこれらは、日本語と英語の構造の違いにありそうです。
⑴日本語の特性
「あ、ありがとう」という文章には以下の特徴があります。
➀主語がない。→「あなた」と言わない。上下関係や評価構造が生まれにくい。
➁行動を意味付けない。「気が利くね」と評価しないので、「褒められ競争」が起きない。
➂結果、感謝だけが伝わる。→「行動という事実の肯定」。生徒の自律性を守る。
⑵同じことを英語でやると難しいようです。
“Thank you.”ここまでは同じ。しかし、英語話者は自然にこう続けやすいようです。
“That’s very kind of you.”(あなたは親切だね)
“You’re so helpful.”(あなたは本当に助かるよ)
“I appreciate your help.” (あなたの助けに感謝するよ)
問題点は主語 “You” が必ず出ることです。その結果、評価の対象が、「あなた」になる、上下関係が固定される、“あなたは特別”という構造が生まれてしまいます。これでは「褒められ競争」を引き起こしやすくなります。
⑶こうやって比較すると、日本語は「感謝だけを伝えて」、「曖昧な言い方が上下関係を弱め」、「他者比較が起きにくい」という特長があると言えそうです。

これらを踏まえると、「褒めて育てる」で育てた世代の先生たちも、「褒めて育てられた」世代の先生たちも、「日本語の曖昧さを意識的に使う事」で、〈日本語で褒めるけれど、褒められ競争は起こさない〉ということができそうです。少し練習が必要かもしれませんが、ぜひ挑戦して欲しいものです。
ご質問、大歓迎です。akifumi.kobayashi@alal-lab.jp
(注1)この連載の第5回で取り上げた理論です。初心者や若手には「熟達者の技は透明化して見えにくくなり(第1のパラドックス)」、熟達者も「自分自身の技を言語化しにくくなる(第2のパラドックス)」、という現象のことを指します。以下のフォルダーから〈05理論「技の透明化現象」20260602.pdf〉を参照してください。https://drive.google.com/drive/folders/1gljZkOmEMLs8l_gIOgyiGyPeGGWtRRr7
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小林昭文(こばやし あきふみ)
埼玉大学理工学部物理学科卒業。空手のプロとして修行したのち、埼玉県公立高校理科(教諭)として25年間勤務。
定年退職後、産業能率大学経営学部教授(クリティカルシンキング、アクションラーニング(質問会議)等の授業を担当)。
現在は㈱AL&AL研究所代表。
著書「アクティブラーニング入門(小林昭文著/産業能率大学出版部)」他多数。
NHKの教育番組にゲストとして出演経験を持ち、さまざまな学校への指導助言を行う教育界の泰斗の一人
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